積乱雲が立ち込めてきたのを私は見た。
外は何やら夏の夕暮れとは思えぬほどどんよりとして暗い。
もう少しで・・・夕立と彼女がやってくる。
−遠雷と不完全なロボット−
R.E.D院長室。院長、高宮は年甲斐もなくウキウキとしていた。
それもこれも、遠雷が聞こえ始めたからで。
朝の天気予報を見たためだろうか、今日は、午前は死ぬほど忙しかったのに今ではまばらだった。この程度なら、いつもより早く家に帰れるだろうと思う。
気になる患畜のカルテと、その病気に関する資料を見比べながら、時間が経つのを待っていた。ポツポツと、外には雨が降り始める。気がつくと、遠雷は遠雷と呼べるほど遠くではなくなっていた。光も鋭くなり、光と音の間隔が短くなっている。雷が近づいている証拠だった。
そろそろか・・・
ちらりと時計を見やると、さっきから10分ほどが経過していた。たかが10分でここまで雷が近づくのは、かなり雲の流れが速いに違いない。
コンコンと、院長室のドアがノックされる。思わず高宮の口元は歪んだ。
やはりな・・・
そう思いながら、そのノックの音立てた主に、入るように促した。
そこに立っていたのは、R.E.D医局第二科に勤める獣医師、だった。皆からはクールで怖いもの無しだと思われている彼女にも、たった一つだけ弱点があった。
「そろそろ来る頃だと思ってたぞ。」
「・・・すいません。」
「いや・・・」
ピシャッ!ドドーン・・・
一際大きな雷の音が鳴る。一瞬パッと電気が途切れ、またついた。さすがの高宮も驚き、思わず蛍光灯に目をやった。何事もないことを確認してふとのほうを見ると、頭を抱えて蹲っている。クスリと笑い声を上げてからに近づきしゃがみこむと、ふわりと頭に手を置いた。それに気がついたが高宮のほうに視線をうつしたが、その瞳は潤んでいて。高宮の心臓はドクリと高鳴る。
こんな、弱みを曝け出されたのは一体いつのことだったろう。入社当時から彼女は仕事も出来て、何もかも完璧にやってのけて。掴みどころのないほどの完璧な人間だった。そう、まるで仕事をインプットされたコンピュータかロボットのような女だと思ったことを覚えている。まあ、患畜や飼い主を思いやる心も持ち合わせていたから、高宮はいい獣医師がR.E.Dに入社したものだと思っていた。さながら、感情を持ったロボットというべきか。仕事は正確なのに、人情も持ち合わせたロボット。彼女の、少し冷たそうで近寄りがたい雰囲気がそう思わせたのではないかと思う。
そんな女に、よもや自分が惹かれるなど思ってもいなかった。きっと仕事が出来るだけの女だったら興味などなかっただろう。「雷が怖い」などという、人間くさい部分を知らなければ。
確かあの日はが夜勤で。仕事が残っていた高宮は遅くまで残っていた。外は激しい雷雨。帰るのも億劫だが、さすがに腹も減ったので、高宮はしぶしぶ帰路へとつく。二科医局の前を通り過ぎようとした時、ドドーンという大きな雷が近くに落ちたような音がした。その瞬間に、
「ヒッ・・・」
という、悲鳴とも取れぬ小さな声が聞こえたのだ。不思議に思った高宮は二科医局の扉をそっと開けると・・・そこには、今と同じように頭を抱えて蹲っているの姿が。
「・・・?大丈夫か?」
「え、ぁ、院長センセ・・・」
ピシャッ! ドドーン バリバリバリ・・・
「いやぁ!!」
「お、おい!」
我を忘れては高宮に抱きついてきた。驚いた高宮はまるで石にでもなったかのように動くことが出来ない。ただ、心臓が雷よりも激しく鳴り響いていることに気がついた。今まで女性との付き合いがなかったわけではない。それでも・・・ここまで心を揺さぶられたのは・・・守りたいと思えたのは、彼女が初めてだった気がする。高宮のしっかりした腕がふわりとを包み込む。抱きしめた身体は、驚くほど細く小さくて・・・。雷の音に合わせてピクリピクリと身体を震わせていた。
それから、お互いに惹かれあい、恋人同士にまで発展した。今ではと高宮の仲は病院中の暗黙の了解として敢えて誰も触れてこないものになっていた。恐らく陵刀くらいだろう。二人の仲をからかってくるのは。その度にの鋭い視線にあえなく撃沈しているが。その陵刀を撃沈させるほどの睨みを、幸い高宮は見たことがなかったのだが。
「高宮院長・・・ここにいさせてもらっても?」
「あぁ、構わないぞ。が怖がる姿なんて、他の男に見せたくないからな。」
にやりと意地悪そうに笑う高宮に、口を尖らせる。
「・・・イジワル。」
「俺は元々それほど優しい人間じゃないからな。」
高宮はの頭の上に乗せた手でグシャグシャと髪をかき回した。涙目になってやめろ!と叫ぶの耳には、近くでなっている雷の音はもう聞こえていないらしい。
きっと、彼女がここまで表情をクルクルと変える人間らしい人間だと思っている者は少ないだろう。最初はロボットなんじゃないかと思ったが、彼女はロボットなんかじゃない。こんなにも表情豊かな人間で、一人の女なのだ。
それを知っている高宮は、一人知れず優越感に浸るのだった・・・。
院長夢。
昨日今日と書いた夢(リン夢『深夜病棟 25時』、
どっちもヒロイン怖がってばかりだ・・・。
でも、好きな人に弱みを曝け出せるのが
一番いい関係だと疑わない月舘なのです。