貴方は決して弱みを見せないから。
たまには弱みを曝け出すことも大切だと、教えてあげなければ
きっと貴方は壊れてしまうから。
だから、私は貴方を愛した。
弱みを曝け出せる捌け口としてでもよかったの・・・。



−ドメスティック・バイオレンス−



痛々しいほどに蚯蚓腫れになった身体。昨日の行為による物だけではない。
彼はの家に来るたびに新しい傷を残して去っていく。その行為は、どうやらの精神にも支障をきたしているらしい。どんな行為が行われればこんな傷がつくのか、想像はできるのに、記憶がないのだ。ただ断片的に思い出されるのは、快楽に歪んだ恋人の顔と、それに対して恐怖と悦楽を覚えている自分。

「はぁ・・・」

小さく溜息をついて、は水を飲みにキッチンへと歩を進めた。
テーブルの上には一枚のメモ。

すまない

一言だけのメッセージが書き込まれていた。その微かに震えた文字が痛々しくて。やはり自分では彼の閉ざされた心の扉を開くことが出来ないのかと、半ば自暴自棄になってしまう。

「原渡・・・」

メモに残された文字の筆跡を持つ男の名前を、は呟いた。
このメモの「すまない」は、一体何を意味しているんだろう。恋人のはずなのに、死領の考えが汲み取れない。愛し合っていたはずなのに、いつの間にか行為は暴力へと変わって。それが当たり前になってしまっている。理由を・・・考えを聞いてしまえば、今の関係が終わりを迎えてしまいそうで、には聞けなかった。

どんなに暴力を振るわれても・・・私は原渡から離れられない・・・

自分でも良く分かっていることだった。ただ愛しているから。それが愛の形なのか、甚だ疑問ではあるが、それでもが死領から離れられないのは事実で。
蛇の皮を剥いでじわじわと殺していくような、そんな時間の流れ。生活には苦労はしていない。何もかも死領が雇った者がしてくれる。食事の世話から掃除洗濯まで。いつの間にか気がつくと、は軟禁状態に置かれていたのだ。出てはいけないとは言われていないが、出ることに恐怖を覚えている。
死領と恋人同士になる前までは普通に仕事をしていて、社交性だってあったのに。いつの間に自分はこんなに変わってしまったんだろう。自分自身に問いかけながら、まるで粘りを帯びたような時間がゆっくり過ぎるの感じながら、リビングでまどろんでいた。

どれくらい時間が過ぎたのだろう。ふと気がつくと、外は真っ暗になっていた。名前を呼ばれたような気がして振り返ると、そこには使用人の姿が。夕食の準備が出来たと告げたその中年女性は、そのまま玄関から出て行ってしまった。
一人きりの食卓は非常に寂しいもので。一応二人分は用意してある食事も、ほとんど一人で食べることが多かった。死領の帰りはいつも夜遅くだったから。外食して帰ってくることがほとんど。相当空腹でなければ用意された食事は残飯入れにあけられる。
小さく溜息をつきながら、暖かい夕食に箸をつけようとしたとき。ふと電話が鳴った。この部屋の電話に電話が掛かってくるのは稀なことではない。しかし、その相手は一人だった。

「原渡・・・!」

慌ててけたたましい呼び出し音を放っている電話に走りよった。
1つ大きな深呼吸をして静かに受話器を持ち上げる。

「はい・・・」

ですか?私です。今から帰ります。食事はそのままとって置いてください。そちらで食べますから。』

「あ、はい・・・」

『・・・他人行儀ですね。』

身体の芯に響くような声に、自然と身が竦む。

「ごめんなさい・・・」

『・・・なぜ謝るんです?』

「・・・」

『まぁいいでしょう。帰ったらたっぷり可愛がってあげますよ。死死死死死死・・・』

その乾いた笑いが、の中に恐怖を植えつける。それでも・・・どうして逃げられないのか。怖いなら逃げればいいのに。出てはいけないなんて言われていないのに。
短い電話はすぐに切れ、死領が戻ってくるまでの時間は、とても長く感じられて。何故・・・これほど恐れているのに待ち焦がれているのか。自分でもその答えは見つけ出せなかった。

チャイムが鳴り、慌ててチェーンキーを外すためには慌てて玄関に走りよる。チェーンをはずして、中に入ってきた恋人の姿を見たとき、彼女の感じるのは安堵と恐怖。この二つがともに存在するのもおかしな話だが、それでも彼女の心の中にあるのは事実。
扉が閉まるか閉まらないかのうちに、死領に唇を塞がれる。

「んぅ・・・」

にはそれを黙って受け入れる以外術はない。開放されたときには、酸欠状態で頭がふらふらしていた。視点が定まらぬを見て、死領は死死死・・・と笑い声を上げる。その声を聞くと、の精神はフッと途切れるのだった。それはほぼ毎晩のことで。



目を覚ますと、自分を包み込むように抱きしめて寝ている死領の姿が目に入った。デジタルの時計を見やると、午前二時。こんな時間に目を覚ますことは滅多にない。きっと二度寝して朝起きれば忘れているのだろうが、つい1時間ほど前まで行われていた凄惨とも言える行為を思い出し、は少しだけ肩を震わせた。
記憶の断片で思い出される残酷な死領の姿とはまったく違う、その穏やかな寝顔。本当にあの死領なのかと思わせるようなその顔は、何処か辛そうな顔をしている様な気がして。上半身を起こして、そっと死領の頬に手を添えた。

「・・・原渡?」

「・・・・・・許して・・・ください・・・」

ツーッと、焼けた肌を一筋の水が流れ落ちる。その言葉は、本当なら聞こえるかどうか分からないほどの微かな声だったが、耳が痛くなるほどの静寂の中ではやたらと大きく聞こえた。
寝言だということは分かっている。それでも、死領はに対して罪悪感を抱いていることが感じ取れた。深層心理の寝言は、嘘偽りのない事実だから。

あの凄惨な行為が、不器用な彼なりの愛の表現なのだと。は深層心理で気がついていたのかもしれない。だから、きっとここから逃げ出そうと思えないのだと、確信した。

「・・・どこにも行かない・・・。貴方を愛してるから・・・」

零れ落ちた涙の痕を舐めとり、唇に小さくキスをした。

「・・・・・・ありが・・・とう・・・」

微かに呟き、満足そうな顔をして死領は深い眠りへと落ちていった。その横にぴったりと寄り添うようにも横になる。

「いつか・・・普通に愛し合えるようになればいいね・・・」

そう小さな囁きを残して、も眠りへと落ちる。
明くる日も、その明くる日も同じことを繰り返そうとも、彼女は絶対にその場を離れようとはしないだろう。恋人の深層心理を信じているから・・・。



これまた珍しいイタイ系の夢!
書こうと思えば書けるもんですね(オイ)。
基本的にこういうイタイ系は苦手だと思っていたのですが
書いてみれば意外と大丈夫っぽい。
ていうか、死領さん大好きだけど
考える夢がどれもこれもイタイ系かギャグかしか
思いつかないわ・・・。
シリアスにするとシリアスになりすぎて手に負えない感じ?

どうでもいいけど、死領は絶対に根っからのサディストだと思う。