「リン・・・別れよう?私、これ以上貴方と一緒にいられない・・・」

・・・わかりマシタ。貴方が望むなら・・・」

「・・・あぁぁ!もう!!私が求めてるのはそんな返事じゃないの!」

天国にいるママ。僕は自分の恋人が何がしたいのかわかりません・・・。
病気にかかった樹木を治療するよりも、女心は難しいです・・・。



−天邪鬼なプリンセス−



「・・・」

「・・・」

無言で僕の家のソファに座っているのは、恋人の。同じR.E.D二科の獣医師。
僕には、彼女が何を考えているのか、何をしたいのかわからないときがある。今もその真っ只中だ。ついさっき、別れを告げられた。彼女のことを愛しているから、別れたくないという気持ちは強いけれど、彼女がそう望むのならそうしてあげるのが一番だと。そう思って承諾したのに、返された言葉は「そんな返事は求めていない」という一言。
じゃあ、僕はどう返事を返せばいいのだろう。

困った顔でのことを見つめると、その視線に気づいたがふいっと視線をそらす。ムスッとして、ソファの上に俗に言う"体育座り”のような形になって。
そんな仕草さえ可愛いと、愛しいと思うのに、彼女は急に別れたいと言った。彼女が何を考えているのか必死で考えようとするけれど、別れを告げられたことが自分の中では相当ショックだったらしい。考えがまとまらず、何も言葉が出てこない。そんなことを客観的に見ている自分がいることもわかっているけれど。

「・・・何か言ってよ、リン。」

「・・・」

何て言って欲しいんだろう。何て言えば、彼女は納得して、僕の傍にいてくれるんだろう。
様々な言葉が、頭の中に浮かんでは消える。浮かぶ言葉はどれも、彼女を引き止めるには弱い気がして。一生懸命思考を廻らせるけれど、その答えに辿り着くこともなく。気がつくと、

「・・・何て言って欲しいんデスカ?」

と本人に尋ねていた。胸にメスでも刺されたかのよな、ピンポイントに激しい痛みが走る。医学的に心や感情を司っているのは脳だとされているけれど、それならばなぜ愛しく思うとき、切なく思うとき、これほど心臓が締め付けられるのだろう。心臓移植を行った患者が、前の心臓の持ち主の性格や考え方に似てくる、という話も医学書で読んだことがある。きっと心臓も心を司どる一部なのだと疑わない。

「自分で考えなさいよ。」

一言だけ、はそう言って、また視線をそらす。

「何て言えば・・・貴方は僕の傍にいてくれるんデスカ?」

心が苦しい。心臓が痛い。と・・・ずっと一緒にいたい。結婚を申し込むために用意した指輪は、渡す機会を逃し続けて、未だに引き出しの中にしまい込まれたまま。
瞳に涙がたまってくるのがわかる。彼女の考えを理解できないのに、それでも僕は彼女のことを求める。心も体も、すっかり彼女に毒されている。どうすればが笑ってくれるのか、どうすればと一緒にいられるのか、こんなときならはどうするだろう?いつも考えるのはのことばかり。こんなに・・・狂おしいまでにのことを愛しているのに、は僕のことを愛してくれていないのだろうか・・・。愛していれば、別れなど告げられるわけもないか。

半ば自嘲的に笑みを浮かべているのが自分でもわかる。

「・・・リン?」

「ボクは・・・のことを愛してマス。でも、は僕のことを愛してくれていないんデショウ?そうじゃなければ、『別れたい』なんて言わないはずデス。愛していたのは・・・ボクだけデスカ・・・」

「・・・愛してるわよ。」

「じゃあ何で!別れるなんて言うんデスカ?!ボクは貴方を幸せにしたいと思って・・・」

「それが嫌なのよ!」

・・・一瞬、何を言われているのかわからなかった。愛してくれているのに、嫌だといわれる。もうどうしていいかわからない。涙がこみ上げてくる。は『弱い男は嫌い』というけれど、相手に・・・僕はこんなに弱い男になってしまう。

「・・・何が嫌なのか言ってクダサイ。こんなに愛しているのに・・・と離れるなんて考えられない・・・」

「どうして最初からそういう風に言ってくれないの?」

・・・目の前のは微笑んでいて。自分の言ったことを反芻する。これが、の求めていた答え?

「ごめんね?試して。『と別れたくない』って・・・言って欲しかったの。どれだけ愛してくれているか、自信がなかった。」

「何で・・・会うたびに『愛してる』って言ってるじゃないデスカ・・・」

・・・情けない。また涙が出てきた・・・。

「・・・さっき、リンは私のことを『幸せにしたい』って言ったでしょ?私、それが嫌なのよ。」

「だから何で・・・」

もう、さっきからが言わんとしていることがわからない。

「『幸せにしたい』からって、リンが辛い思いしてるのが嫌なの。私が疲れていれば、自分も疲れているのに急患の診療を代わってくれる。周りからは『愛されてるね』って言われるけど、私はそれを愛されてるって思えない。だって、リンが疲れた顔してれば、私も辛い。私が疲れさせたと思うと自分が許せない。私は幸せにしてもらいたいんじゃない。一緒に幸せにないたいの。」

僕の座っている椅子に近づくと、はふわりと僕のことを抱きしめた。平均身長より高い僕は座ったまま、平均身長より低いの胸に顔を埋める。背中に手を回して、を抱きしめる。

・・・愛してマス。」

「うん、知ってる。」

「考えてた言葉は、貴方が嫌いな言葉だってわかったから・・・言い方を変えマスヨ。」

抱き合っていたを一度離して、席を立ち、引き出しにしまってあった指輪を取ってまた席に戻った。目の前には少し緊張した面持ちの

「結婚してクダサイ。ボクは・・・他の誰よりも、貴方と一緒に幸せになりタイ。と一緒にいられれば、ボクは幸せデス・・・」

「・・・ありがとう。」

にっこりと微笑んで指輪を受け取った。きっとこれからも、彼女はこうして僕のことを何度も混乱させるのだろうけど・・・きっとそれすら楽しめるほど、僕はのことを今以上に愛することだろう・・・

本当は「誰よりも幸せにする」というつもりだった。きっと・・・こんなプロポーズをしていたら、断られていたに違いない。


久々リン先生夢ー。
天邪鬼なヒロインって私は結構好きなんですけど
この作品じゃリン先生、ちょっとヘタレっぽい・・・