自然に溢れた田舎町。
その街の外れの、小高い丘に建つ、小さなレストラン。
その店に向かい、歩を進めるは、大柄な男と、小柄な女。



−風見鶏−



大きな木がレストランの横に立っている。この店のシンボルでもある、その大きな木。
R.E.D二科勤務の獣医師、にとって、この街、この店が自分の第二の故郷だった。伯父が経営していたレストラン。その伯父も一昨年亡くなり、今は従兄弟が経営していた。料理も景色もこの上ないほどのこのレストラン。野に美しく花が咲き誇る季節など、予約を取ることさえ難しい。
そんな店から、R.E.Dの自分の元へ電話が来たのは、半月ほど前のこと。

「店のシンボルの木が、なにやら病気にかかっているらしい。診てもらえないだろうか」

というものだった。
同僚であり、恋人でもある木々樹に相談し、都合のいい日に診察に行くように伝えてあった。ようやく都合がつき、店に訪れたのが今日である。
店に向かう車の中で、は木々樹に店のことをいろいろ話した。

高校時代に両親が亡くなって、その店の伯父の所に住まわせてもらっていたこと。
そこで、アルバイトをしていたこと。
初恋の相手である従兄弟のこと。
伯父も、伯母も、従兄弟も、皆大好きだった。
でも一番好きだったのは・・・

「・・・風見鶏になれることかな。」

「カザミドリ・・・?何デスカ、それは・・・」

「Weathercockのことよ。」

クスリと笑って、黙り込んでしまった。少し窓を開け、流れ込んでくる緑の匂いを楽しんでいるかのようだ。微笑を浮かべながら外を眺めている。外には、緑の草原や、何を作っているかは定かではないが、畑などが並んでいた。懐かしそうに微笑むを木々樹はちらりと横目で見ながら、質問の機会を逃したことを悟った。

風見鶏になれるとは、一体どういうことなのだろう・・・。

そんな疑問を抱えたままであっても、車はどんどんと店に近づいていく。
丘の麓に小さな駐車場。木製の、可愛らしい看板が立っていた。木製の階段が、丘の上へと続いてく。丘は草で覆いつくされている。

「こっち。」

車を停め、その木製の階段を上ると、小さな可愛らしい木造のレストランと、寄り添うように建っている大きな木が目に入った。屋根には風見鶏。まるで青い空に抱かれているような、そんな建物。暖かい陽の光で、全てのものが優しく見える。

・・・こんなところで生活していたんデスカ・・・」

「そうよ。綺麗なところでしょう?」

「貴女の、その優しさがどこから生まれたのか分かったような気がシマス。」

にっこりと微笑みながら木々樹がそういうと、見る見るうちにの顔が朱色に変わる。青い空の中にある赤い顔をした恋人が、この上なく可愛いと感じた。

ー!」

店から男が一人。おそらく、車の中で話していた初恋の相手の従兄弟なのだろう。その男もまた、優しげな面持ちをしている。こういうところで暮らすと、人はこんなにも柔らかい雰囲気を持つようになるのか。木々樹は、少し感心を覚えた。

「貴方が樹木医の木々樹先生ですね?からお話は伺っています。どうぞ中でお茶でも・・・」

「いえ、まず先に、診察させていただきマス。先生、手伝ってクダサイ。」

「あ、はい!」

と木々樹の仲はR.E.D内で知らない者はいないが、やはり仕事は仕事。ちゃんとけじめをつけて、仕事中には苗字に先生を付けて呼び合っていた。
3人は、木に近づいていった。広葉樹の葉が、斑点様に黒く変色しているのが見て取れた。様々な機器を出し、手早く渡していくのことを、祈るような面持ちで見つめる従兄弟。の視線は木々樹から揺るがない。木々樹から指示を受けたものを、手早く探し出し渡す。
木々樹の出張には、よくが同行していた。木々樹が暴走しても、にだけは手をかけなかったから。かつてから想いを寄せていたには本能的に攻撃できなかったのだろう。一緒に出張することが多かったおかげで、もだいぶ樹木のことを理解するようになっていた。どうしても木々樹がいない時は、簡単な樹木の依頼ならば一人でこなすこともたまにあった。

「木々樹先生?たんそ病ですか?」

「えぇ、そのようデスネ。大丈夫、この木はすぐ元気になりマスヨ。」

空は、茜色に変わりつつあった。それを見やった木々樹が、治療は明日にするとの従兄弟に告げる。分かりましたと、安堵の色を浮かべたの従兄弟は、今日は店は定休日だが、たちのために美味しい料理を作っていたと話してくれた。にこやかに会話するとその従兄弟。先ほど、車の中で初恋の相手だと話していたのを思い出して、木々樹は少し複雑な思いに駆られた。
一通りの会話を終えたのか、従兄弟は店の中へと戻っていった。
振り返ったの顔が、もうすでに茜色に染められていた。気がつくと、あたり一面すでに夕焼けに染まっている。先ほどの疑問を問うには、今しかないと、木々樹は思い立った。

、貴女がさっき車で言っていた、『風見鶏になれること』というのは、どういう意味なのデスカ?

その質問を聞いたは、クスリと笑い声を立てると、

「リン、こっちにきて。」

といって歩き始めた。微笑んだの後に、木々樹が続く。店に裏に来ると、そこは視界を遮るものが何もない、平地を見渡せる場所だった。下から吹き上げる風が心地いい。

「一人でここに立つと、風見鶏になったような気分になるの。屋根の上で一人きりで遠くを見つめている、風見鶏みたいな。よくここで泣いたわ。両親が亡くなって辛かったこととか、好きだった子に彼女がいたのを知って泣いたりとか。ここに立つと、自然と涙が出てくる。一人きりで泣ける場所なのよ。」

そう話しながら遠くを見つめるの瞳は、どこと泣く潤んでいるように見えて。そのまま消えてしまいそうで、気がつくと木々樹はのことを抱きしめていた。

「リン・・・?」

「もう・・・一人で泣かなくてもいいんデス。ボクは、貴女にとってのこの丘のような存在になりタイ。貴女の喜びも悲しみも、ボクがすべて受けいれマス。愛してマスヨ、・・・」

「リン・・・ありがとう。・・・ずっとここに帰ってこれなくて・・・泣けなかったの。患畜を安楽死させなければならなかったり・・・色々辛いことがあっても。でも・・・これからは、ここでなくても泣けるのね。」

切なそうな微笑を浮かべたの唇に、そっと木々樹の唇が重なる。重なった二人の影は、長く長く太陽の反対側に延びていた・・・。




裏話
店の裏側=厨房側なため、厨房にいた従兄弟に見事に目撃されていたという・・・。


久々のリン夢。
今現在やってる連続テレビ小説「風のハルカ」
って分かる人います?このレストラン、
「風のハルカ」の主人公の実家のイメージ。