二手に分かれて、鍋の準備。
あぁ、なんて楽しいんだろ!!
夕飯が鍋だって聞いて、子供のころはいつもわくわくしてた。
こんな大人になってまでこんな気持ちが味わえるのって、
お鍋くらいじゃない??



−彼女の本性 〜後編〜−



鞍智が「鍋」という禁句を発した所為で、結局飲みに行くのではなくて近場で十分な広さのある院長宅で鍋パーティーが行われることと相成った。院長、木々樹、の3人で鍋の材料の買い出し、美坂、鞍智、瀬能で酒やら、その他のつまみの買い出しが行われる。
禁句を発した鞍智が、美坂にこっぴどく怒られたのいうまでもない。しかしながら、鞍智には何故そこまで怒られなければならないのか、わからなかった。

そう言えば、木々樹先生も『それは禁句デス』とか言ってたなぁ・・・

と思い出しつつ、買い出しに精を出していた鞍智。同じスーパー内で買い物をしているのだから、ばったりと合うのは当然なのだが。ふと視線を上げると、鮮魚コーナーで何やら真剣に話をしている鍋の材料買い出し組。
近くを通る奥様方が振り返らないわけがない。ワイルドな見た目の院長は、鞍智から見ても魅力的に思えるし、木々樹のその長身。さらに優しげな面持ちは、奥様方のアイドルの某韓流スターを思わせる。それより何より、その色男二人に囲まれている小柄な美女。まるで人形のような面持ちのその女性。一体彼らの間柄はなんなんだろうか。きっと自分が他人だったら、そう思うに違いないと鞍智は思った。

「あの三人は目を引くなぁ。」

後ろから美坂が声をかける。きっと鞍智と同じことを考えていたのだろう。さっきから同じ場所で何やら口論まがいのことをしている三人。

「あの三人、何してるんでしょう・・・」

「まぁ・・・恐らくは院長との意見が食い違ってるんだろうな。」

「??」

そう捨て台詞を残し、美坂はくるりと踵を返した。それを目で追った鞍智が、思わず吹きだしてしまったのは言うまでもない。何故なら、カッコよく踵を返して歩き出したかと思ったが、その手にはしっかりと買い物籠を乗せたカートを押していたのだから。しかもカートに入っているのは大量の酒とつまみ。洒落にならない。


買い出しも終わり、皆で手分けして荷物を持ち、院長宅へと歩を進める。買ったものはビニール袋6袋にも及び、一人一袋ずつ持つことにはなったのだが、フェミニストな木々樹が自分の恋人にこんな重い荷物を持たせるはずもなく。木々樹が二つのビニール袋を持ち、は自分のバッグを持っているだけ。さらに木々樹は、

「瀬能さんのも持ちましょうカ?」

と瀬能に声をかけている。それに気がついた鞍智は慌てて自分が持つと申し出た。瀬能は、ありがとうございますといい、変わりに鞍智の荷物を持つことになった。買った物よりはだいぶ軽いので、鞍智は瀬能に自分のバッグを託した。


院長宅について早々、院長は大きな土鍋とコンロを取り出した。一人暮らしの男の家に何故こんな大きな土鍋があるのかはなはだ疑問ではあるが、それは敢えて突っ込まない。
台所に立つ院長の隣で包丁を持っているのは。食器の準備をしているのは瀬能。他の男三人は、リビングのテーブルに座っている。木々樹が落ち込んだ顔をしているのは、先ほど何か手伝おうと台所にいたら、に「邪魔!!」と怒られたかららしい。
すでにビールを開けて煽っている男三人。ぼそりと口を開いたのは、美坂だった。

「・・・結局、どっちの意見が採用されたんだ?」

デス・・・鍋に関してはいくら院長でもには勝てませんヨ。」

「やっぱりそうか・・・」

この会話を聞いていて、鞍智はもしやと思った。もしかして、先生は・・・

「鍋奉行・・・なんですか?」

ピクリと木々樹と美坂の動きが止まる。そしてジーッと鞍智のほうを見ると、二人同時に溜息をついた。

「今度は、『鍋』なんていうんじゃないぞ?」

「そうデスヨ。は、鍋をすると人が変わるんですから。」

どんなに人が変わるのかいささか不安を抱きつつも、どうやら鍋が始まりそうだ。大皿に盛られた大量の白菜とねぎ。焼き豆腐につくね、水餃子。ありとあらゆる食材がテーブルに並ぶ。ドドンと置かれたビンは3本。ポン酢、めんつゆ、ゴマだれ。その材料を見た美坂が思わず木々樹に尋ねた。

「珍しいな、が水炊きなんて。」

「院長が『寒いからチゲ鍋にしよう』と言ったんデスガ、『チゲ鍋みたいな辛いものは好き嫌いがあるから大人数のときはダメ!大人数のときは、好きな味を選べる水炊きのほうがいいの!』と・・・」

「なるほど・・・」

確かに、ここまで理由をもって説得されれば、折れざるをえないだろうなと、密かに鞍智は思った。準備を進めていた院長、、瀬能も席に着き、やっとのことで晩餐にありつけそうだ。

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

やっと本格的に鍋パーティーの開始だ。皆はとりあえずビールを飲み干した。料理に人並みならぬ情熱を注いでいる院長と、鍋に尋常ではない愛情を注いでいるの作る鍋だ。おいしくないはずがない。その証拠に、鍋の底には大きな昆布と元は干し貝柱であっただろう物が沈んでいる。本格的に出汁をとっていた証拠だ。
そこに、が野菜を投入していく。院長は手出しをしない。だが、はらはらした表情でその様子を伺っていた。クツクツと湯気が立ち上る。
しばらく雑談しながら煮えるのを待つ。

「そろそろ煮えましたかね。」

箸を出した鞍智の腕をパチーンと何かが払いのけた。驚いてその何かを辿って見ると、の手だった。

「まだ煮えてない。」

ぎろりと睨まれると、鞍智は慌てて箸をおく。ちらりと木々樹のほうを見やると、苦笑いを浮かべていた。院長と美坂は、ハーッと溜息をついている。思わず縮こまってしまった鞍智を案じて、瀬能が話しかけた。

「大丈夫ですか?鞍智先生。」

「あぁ。」

「煮えてもいないのに食べようとするお前が悪い。」

さっきは「岩城より優秀だ」とか何とか褒めてくれた女性とは思えないほど、鍋に対する情熱が沸々と感じられる。誰も怖くてのゴーサインが出されるまで箸を持つことを許されない。

「・・・食ってよし!」

やっとゴーサインが出たため、皆安心して食べ始めたのも束の間。

「早く食わないと煮えすぎるでしょ?!さっさと食べる!!」

と怒号が飛ぶ。慌てて鍋の中の野菜を皆ザカザカと自分の鍋に取り分ける。そして、容赦なくの野菜第二弾が投入された。瀬能が手伝おうと思ったらしく豆腐を入れようとすると、

「豆腐は野菜が煮えきる直前!そんなことも知らないの?お嫁にいけないよ?!」

と、は一喝した。お陰で瀬能もしょんぼりとまた席についてしまう。皆緊張の色が隠せない。


さっさと食べて!
うどんはまだ早い!!
1つの味だけじゃなくて他のも味わってみたら?!


買った材料が全てなくなるまで、この怒号が治まることはなかった。
鍋パーティーがお開きになった帰り道。

「あー、楽しかったー!!」

酔っ払って大声で叫ぶのは、他でもない、。院長宅から一緒に外に出た5人のうち4人は、明らかに疲労の色が隠せていない。他の4人よりも2、3歩前を歩く
ふと、鞍智は美坂と木々樹にポツリとこういった。

「・・・もう、先生の前では鍋が食べたいなんて言いません・・・」

「そうしてクダサイ。」

「アイツと一緒じゃ、鍋は安心して食えん・・・」

そんなことを言われているとは露知らず。大満足だったのは一人なのだった・・・。



翌日。

「おっはよー!!・・・ってアレ?皆、暗くない??」

「おう、おはよう・・・」

「なんですか、美坂先生、5歳くらい老けてますよ?」

「おはようございます・・・」

「やだ、鞍智、どーしたの?隈できてるよ?!」

「・・・おはようございます」

「瀬能さん、なんかやつれてない?」

「おはようございマス。。」

「おはよ、リン。皆どうしたの?」

「・・・さぁ?」

苦笑いを浮かべる木々樹。
その後ろでお前の所為だー!!と心の中で叫ぶ面々。

「また、皆で鍋しようね♪」

一人で楽しげに語るは、鍋に関しては最強だと悟った昨夜の鍋パーティー。
その後、の前では誰一人『鍋』という単語を使わなくなったそうな・・・。



スイマセン、バカっぽい話で。
私はチゲ鍋が好きですが。
こんな日常だったら楽しいな、って話。