彼女を守る、俺に残された最後の術・・・彼女への想いを断つこと。
俺たちはまだ何も始まってはいない。
今ならまだ・・・間に合うんだ。



−Ad una persona di caro piace il sole−



とある街角のバー。ここには、イタリアのマフィア達がこぞって集まってくる。この店から半径5km以内での発砲や抗争は暗黙の了解で禁止されている。ここにいる限りは、皆ファミリーだ。
なぜ様々なファミリーが集まってくるか。それは、このバーの歌姫の歌が目当てだ。
血気盛んなマフィアの面々だから、少々な小競り合いもあったりするが、彼女の歌を聞けば皆小競り合いをしていたことさえ忘れる。

彼女の歌が聞きたくて、彼女の姿を見たくて、この店に通う連中も多い。そんなこと話している俺だって、その一人だった。
見ているだけでよかった。確かに、話したいし抱きたいとも思う。でも、そんな想いはかなうことの無い夢のようなもの。そんなこと俺にだってわかってる。俺にとっちゃ高嶺の花以外のなにものでもない。

忌々しい事件が、俺の周りで起こる。アジトに戻ると、ファミリーはみんな殺されていた。
気がつくと、足元には覚えの無い死体が転がっている。
それが・・・自分がやったことだと気がついていた。
俺は・・・自分が怖くなった。いてもたってもいられなくて、俺はそこから逃げるように放浪した。

冷たい雨が体温を奪っていく。このままあの世に行ってしまえば、ファミリーと会えるんだろうか・・・そんなことを考えながら目を瞑ろうとしたとき、ふと雨がやんだ。いや、雨が止んだんじゃない。誰かが傘を差し出してくれた。足元を見ると、赤い靴。女物。スカートからすらっと伸びた足、柔らかそうな胸のふくらみ、サファイアのネックレス・・・自分の視線が女の顔を捉えた。

・・・」

「大丈夫?貴方、よくお店に来てくれていた人よね?最近姿が見えなかったから心配していたの・・・。こんなところで蹲っていたら風邪を引くわ。私の家、近くだからいらっしゃいな。」

見ているだけでいいと思っていた女が、手を差し伸べた。俺は考えることも忘れてその手をとった。
ふらふらと彼女の差し出してくれる傘の中で回らない頭で今の状況を一生懸命整理していた。そんなことをしても混乱している頭の中がすぐに整理できるわけも無く。気がつくとこじんまりとした貸家の前についていた。
はバッグの中から鍵を出してドアを開ける。

「どうぞ。」

「あぁ・・・」

促されるまま中に入る。決して広くは無いが、心安らぐ空間。仄かなラベンダーの香り。濡れた体でソファに座ることも出来ず、立ち尽くしていた俺に、はTシャツ、ハーフパンツとタオルを差し出した。

「濡れたままじゃ風邪引くわ。シャワー浴びてきて。このTシャツとハーフパンツ、私の持っているものの中で一番大きいものだから、たぶん入るでしょ。使って。」

そういって、俺を浴室まで連れて行った。促されるまま、俺はシャワーを浴びた。それほど温度を上げてはいないのに、シャワーが熱く感じる。相当身体が冷えていた証拠だろう。
身体も温まり、脱衣室で彼女が差し出したTシャツを広げた。確かににしてはぶかぶかなようだが、着てみたらぴちぴちだった。香水なのか、いい香りがする。女らしい香りだから落ち着かない気もするが・・・何も着ないよりはずっとマシだ。

脱衣室から出ると、いい匂いが鼻を掠めた。
キッチンの方へ行くと、が料理をしていた。俺がシャワーを終わらせて出てきた気配を悟ったのか、俺の方に向いた。

「わ、ピッチピチ・・・。ごめんね、それ以上大きいもの無いの・・・」

「いや、いいよ。」

「今ご飯できるから、そこのテーブルに座って待ってて。」

「・・・悪いな。」

「いいえー。」

そんな会話をしながらも、は手際よく料理を作っていく。俺がシャワーを浴びていた時間なんてたいした時間じゃなかったと思うが、きっちりと一食分の料理が出来上がりつつある。パスタにサラダ、スープ。次々に目の前のテーブルに並べられていく。

「食べましょっか。」

はエプロンをはずしながらにっこりと笑った。
その笑顔に、俺はコクリと頷くことしか出来なかった。
まともな食事をするのは何日ぶりだろう・・・。がっつこうとした俺が目にしたのは、神に祈りをささげているの姿だった。
その姿に、俺は動きをぴたりと止めた。祈るのを終えたと目が合う。

「食べてよかったのに。」

「いや・・・」

「食べていいよ?」

「あぁ、うん・・・」

の言葉が、俺にだけ向いているのがたまらなく嬉しかった。店で客に話しかけているんじゃない。の家で、俺だけに話しかけてくれている。憧れていた歌姫が、目の前にいるんだ。
一つ一つの仕草にドキドキと心臓が高鳴る。

「あ。」

パスタを口に運ぼうとしたが、何かを思い出したように声を出した。

「?」

「貴方、名前は?貴方は私の名前知っているでしょうけど、私貴方の名前知らないわ。」

「・・・ランチア。」

「そう。ランチア、私の料理、美味しくなかったかしら?」

「え、何で・・・」

「だって、いっこうに減ってないもの。」

少しだけ困ったような顔で笑顔を作る。が俺のために作ってくれた料理が嬉しくてなかなか食べられなかったなんて女々しいことは言えなかった。

「・・・しばらく食ってなかったから、ゆっくり食おうと思って。」

と、適当なことを言ってごまかした。


「そう」

といってまた笑った。

「なぁ・・・」

食事も終わり、の淹れてくれた紅茶を飲みながらに話しかける。

「何?」

「・・・なんで俺のこと拾った?」

「・・・私、貴方のこと好きだったのよね。」

「・・・は?」

好きだった・・・?俺のことが?

「私の歌を聴きにいろんな人が来てくれるけど、貴方の姿を見つけると嬉しくなった。名前も知らない、どこのファミリーの人なのかもよくわからない。店は私がフロアを歩き回るのを禁止していたから、貴方に話しかけることも出来なかった。ランチアが店に来なくなって・・・私は歌えなくなった。」

「・・・歌えなくなった?」

「私の歌う歌は皆愛を歌った歌。貴方に向けて歌っていた歌。でも、貴方が来なくなってからは心を込めて歌えなくなった・・・。」

・・・」

人を感動させるの愛の歌は、俺に向けられていたんだ。高嶺の花だと諦めて、手を伸ばせば届く距離にあったものをはなから俺は手に入れようとしなかった。もう少しだけ早く気がついていれば・・・手に入ったのに。でも、遅すぎたんだ・・・俺は、自分のファミリーを・・・

「ランチア、私は貴方のことが好き。だから・・・」

「それ以上言うな。」

きっと苦虫を噛み潰したような顔になっているだろう。本当なら、俺だってを愛してるって言いたい。でも、俺にその資格は無いんだ。

「俺は自分のファミリーを皆殺しにしたんだ。追われる身だ。アンタに迷惑はかけられない。」

「ランチア・・・?」

「俺の側にいれば、俺はまで殺してしまうかもしれない。これ以上・・・大切な奴を失いたくないんだ。お前が求めている言葉は今の俺には言えねぇ。ただ、一つだけ・・・」

目線をそらしながら話していたが、に視線を移す。そこには、涙ぐんだがいた。ズキンと胸が痛む。抱き締めたい、キスしたい、すべてを自分のものにしたい。そんな衝動が獣のように身体の中を駆け巡るけど、それに身を任せてしまえばを破滅に向かわせることになる。

・・・いつか、必ずあの店にアンタの歌を聴きに行く。いつになるかわからねぇ。でも、必ず・・・。すべてにケリをつけたら必ず聞きに行く。だから・・・俺のために歌い続けてくれ。歌って・・・俺の帰りを待っててくれ。」

「ランチア・・・!」

の瞳から、真珠のような涙が零れ落ちた。その雫を拭ってやろうと手を伸ばしたけど、彼女に触れてしまえば理性を失ってしまいそうで。伸ばした手を握り締め、引っ込めた。
雨は止んでいた。部屋の片隅にがかけていてくれた服を持って、俺はの家を出ようと扉に手をかけた。
後ろからスルリと腕が伸びてきて、俺の前へ回り込んだかと思うと、ギュッと力を込めて抱き締めた。

・・・離せ。」

「いや・・・行かないで」

服を握り締める力が強くなる。振り返って抱き締めることができればどんなにいいか。でも、今そんなことをしてしまえば、きっと彼女から離れられなくなる。ダメなんだ、とは一緒にいられない。
少し強引に、の腕を振り払い、扉を開けた。

「ランチア!」

「・・・Tシャツとハーフパンツ。」

「・・・え?」

「服、まだ乾いてねぇから借りてく。必ず返しに来るからよ、それまで引っ越したりするんじゃねぇぞ。」

「ランチア・・・」

「またな、。」

に背を向けたまま手を振った。
にこんな顔見せられねぇ。こんな泣きそうな顔、に見せられねぇ。アイツの中の俺は、男らしくいて欲しい。俺が次にアイツの前に現れるときは・・・もっと強くなった俺でいたい。
俺は、罪を償うなり、カタをつけるなりして、必ず戻ってこようと心の中で決心を固めた。
俺のことを愛していると言ってくれた、太陽のような歌姫の元へ。

やっちゃった・・・ランチア夢!
わかってるの、脇役だってことは!
でもね、好きで好きで仕方ないんです。ランチア。
えと、骸に操られてファミリーを殺した後くらいの話。
長い・・・そして重い・・・(爆)

Ad una persona di caro piace il sole・・・太陽のような愛しい人
なんて読むかはわかりません(爆)。