「イッタ・・・!!ボス!何するんですか?!」
「悪い、すっぽ抜けた!!」
・・・嫁入り前の娘の顔に得意の鞭をぶつけておいてからに、「悪い」の一言ですか。
貴方は私を、何だと思っていらっしゃるんです?ねぇ、ボス??
−La sua felicità è la mia felicità.−
キャバッローネファミリーの10代目ボス、跳ね馬ディーノ。彼は部下の前では部下を守るために得意の鞭を使って、敵を薙ぎ払う。その姿を見ている部下たちは、皆その若きボスを慕っている。
ただ一人、彼に納得できない部下がいた。
名を・。500メートル離れたビルの上から寸分の狂いもなく急所に弾丸を撃ち込むことができる、キャバッローネの中でも1番の狙撃手だ。女だてらにイタリアマフィアで活躍しているということは、男なんかよりも苦労があるのだろうが、それを微塵も感じさせない人懐っこい笑みに、ファミリーの面々も癒されていたりする。
アジトで自慢の銃を磨いているの元へ、ディーノがやってきた。
「なぁ、。」
「何ですか、ボス。」
「あぁ〜・・・その、お、女って、プレゼントって何もらうと嬉しいんだ?」
「何ですか、いきなり。意中の女性でも?」
驚いたようには手に持っていた布をテーブルの上におく。年は同い年。けれど、唯一違うのは、彼は少し前までマフィアになんてなる気はなかった。それを拒んでもいた。けれどは、の家に生まれたときからキャバッローネの役に立つためにと育てられてきた。そう、は、生まれたときからマフィアだったのだ。
初めて会ったのは、物心ついたあとの初めてのディーノの誕生日パーティ。くりっとした大きな目に、ふわふわと風に遊ぶ金髪。は最初、母親が話してくれた天使なのかと思った。
滅多に会う機会はなかったけれど、父が9代目に仕えていたのだ、私はこの人に仕えることになるんだと。幼心に思っていた。彼を守れるくらいの技術を身につけなければ。
今では、ディーノの部下たちと同じように男物のスーツに身を包み、髪は長いがオールバックにして後ろでぎっちりと結っている。男といえば信じるものもいるかもしれない。
・・・自分には、女としての魅力なんてこれっぽっちもない・・・。
「なあ、?」
椅子に座ったを見下ろすディーノ。
「・・・まぁ、そこにかけてください、ボス。」
近くの椅子に座るように、は促した。彼の幸せが私の幸せ。心の奥底で揺らぐ恋の火など、水をかけて消してしまえばいい。彼が幸せなら、私はそれだけで幸せなのだから。はそう思い、にっこりとディーノに笑いかけた。
「で、ボス、貴方の意中の女性はどんな人なんです?」
「ぅえ、えーっと・・・」
なにやらもごもごとしてはっきりしない。こんなときのディーノは、何を言ってもはっきりとした答えを出しはしない。小さくはため息をついて、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
「?」
「私が見立ててあげますよ。プレゼント。道すがら女性のことを聞かせてください。」
「あ、あぁ・・・」
こうしてとディーノは買い物へと出かけることになった。
いつもはついて歩いているロマーリオだが、この辺りで有名なキャバッローネのボスと、狙撃手が二人で外を歩いて、手を出す奴などいないだろうと高をくくり、二人で買い物に行くように薦めた。
しかし、そこはロマーリオの誤算だった。は「目立つから」という理由で、黒いスーツを脱ぎ、シンプルに長袖のTシャツとジーンズという格好で出かけたのだ。もちろんポケットには小さな拳銃が仕込まれているが。
端から見れば、年若いカップルにしか見えないだろう。
ディーノの服装もまずかった。長袖だったし、首まで隠れるタートルネック。自慢のタトゥーが、手の甲の炎しか見えない。知らないものが見れば、マフィアのボスになど見えようはずもない。
嫌な予感は的中した。
街のチンピラたちに囲まれ、二人は路地裏の壁に追い詰められた。とはいっても、とて狙撃することしかできないわけではない。機会は少ないにしろ、肉弾戦だってこなす。ディーノは上着の中に隠し持っていた鞭を構えた。
「キャバッローネのボスである俺に楯突いてこの街で生きていけると思うな!」
ディーノは鞭を振り下ろす。と、その鞭の先はチンピラたちには向かわず、後ろに構えるの顔を襲った。
「イッタ・・・!!ボス!何するんですか?!」
「悪い、すっぽ抜けた!!」
真っ赤になって弁解するディーノ。これが、が唯一気に食わないところ。
他の部下の前ではカッコよくどんなことでも卒なくこなして、人一倍部下思いで部下からも慕われている。
なのに自分はどうだろう・・・。が一緒にいても、ディーノはドジを連発する。自分は、ディーノに部下として認められていないのだろうか・・・。いつもそんな不安が付きまとう。
まぁなにはともあれチンピラたちはが蹴散らした。ちらりとディーノの方を見ると申し訳なさそうに縮こまっている。
は小さくため息をつくと、座り込んでいるディーノに視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。目の前のディーノは、いつも自信に満ち溢れた姿など想像もできないほど落ち込んでいる。
「・・・大丈夫ですか、ボス?」
「・・・ダメなんだ、俺。」
「・・・?」
壁に背をつけ、うなだれるディーノ。それを心配そうに覗き込む。
「ダメって、何がです?」
「俺は部下の前じゃなきゃ力発揮できないって、は知っているよな?」
「・・・えぇ。」
両手で顔を覆う。泣いているように見えないこともない。これが路地裏だからよかった。表通りでこんな姿をさらしていたら、「キャバッローネは堕ちた」と噂されたに違いない。
「のこと・・・部下だと思えない。」
「・・・!」
衝撃的な事実だった。はただひたすらにディーノに使えるためだけに技術を磨いてきた。それを否定された。部下として認めてくれていない・・・。その事実がの胸に重くのしかかる。
「・・・それは・・・私のことを部下だと認めていないと・・・そういうことですか?」
悔しい。
今までどんな辛い試練でも涙を流したことなどなかった。それもこれも、キャバッローネの10代目に仕えるために。ディーノの役に立つために。ただそれだけのためにどんな辛い試練でも潜り抜けてきた。それなのに・・・ボスは自分のことを「部下」として受け入れられないという・・・。
泣いてはダメだとわかっていても、涙が浮かぶ。今までのすべてを否定されたかのような気分だ。
「・・・違うんだ」
ポツリとディーノが呟いた。
「何が・・・違うんです?」
嗚咽が漏れそうなのを我慢して、はディーノに答えを求めた。どんなことを言われるのか・・・本当は聞きたくないが、聞かないとこのままディーノの元で生きていく自信がなかった。
「俺の前で盾になって欲しくないんだ・・・」
「部下たるもの、ボスを身を挺して守るのが使命でしょう?」
「そういう意味じゃない・・・。俺の横で・・・部下としてじゃなく・・・恋人として・・・愛する者として横にいて欲しいんだ、。」
「・・・なっ」
これもまた衝撃的な事実だった。部下でなく、愛する者として・・・。
「本当は俺は、を守りたいっては思ってるんだ。でも・・・動かないんだよ、体がさ。俺が打ちのめそうとしてる奴にも、俺がお前を愛するくらい愛してる恋人がいるかもしれないと思うと・・・判断が鈍る」
がいつも思っていたこと。
ディーノはボスになるには少々優しすぎる。人の痛みを自分の痛みのように感じてしまう面がある。彼にもその自覚はあるようだ。
「・・・ボス、嬉しいです。私のような者を愛してくれて。」
ニコリと微笑んで見せると、少しだけ赤くなった目がほんの少しだけ細められた。
ディーノの腕がを捉える。そのままはディーノの腕の中に納まった。
「愛してる、・・・狙撃手なんて辞めて、俺の横にいてくれよ・・・」
「私よりも相応しい女性が、ボスにはいると思います・・・。私は貴方の部下として・・・」
「、それは、俺のことをボス以外には見れないってことか?」
真剣な視線がの視線と絡む。意志の強い目・・・目を逸らすことさえ許されない。まるで外にまで聞こえてしまいそうな心臓の音。ボスに聞こえませんように・・・が祈るのはそれだけだった。
「私のような何の魅力もない女・・・連れていてもはくがつかないでしょう?マフィアのボスなら、もっと官能的な女性を連れていた方が・・・」
「お前じゃなきゃ嫌なんだよ、!」
再びディーノはのことを抱きしめる。
これ以上は・・・は自分の心を制するのに精一杯だった。これ以上愛の言葉を囁かれると、自分の心の中で燻っていた微かな恋心が再び炎を上げてしまう。せっかく吹っ切れると思って・・・いたのに・・・
ふと、は気がついた。
なぜ恋心を消そうとした?ディーノが他に好きな女性ができたからだと勘違いしたからじゃなかったか?
でも、そのディーノが好きなのは他ならぬ自身。ならば、無理に恋心を抑える必要はないのではないか・・・?
そこまで答えが出ると、押し込まれていた感情が一気に燃え上がる。ずっと幼いころから抱いていた微かな恋心。それが成就する日がやっと来たのだ。
「ボス・・・いえ、ディーノ。私も貴方のことを愛しています。」
たったこれだけ・・・この短い言葉だけで、ディーノもも救われる。
の腕がディーノの背中に回った。それと同時にディーノの腕にも力がこめられる。
「今のセリフ・・・信じていいんだな?」
「えぇ、もちろん。」
「よかった・・・・・・愛してる・・・」
「ディーノ、私も・・・愛してます」
時間はもうすでに夕暮れ。オレンジ色の光の中、二人は誰にも知られずに愛を誓い合うキスを交わした・・・
ディーノ夢!
すいません、ヘタレです。
ディーノは好きな女の子の前でいいとこ見せようとして
空回りするタイプだと思います。
La sua felicità è la mia felicità.・・・貴方の幸せが私の幸せ