「っつう・・・」

「ロッド?」

・・・助け・・・」

「ちょ、ロッド?ロッド!!」


−親馬鹿−
第3章



それは、突然の出来事だった。いつも元気ににセクハラを働いていたロッドが、激しい腹痛に見舞われ、倒れてしまったのだ。本当に急な話で、近くにいたに助けを求め、そのままくずおれてしまった。驚いたは身構えることも出来ず、そのままロッドの下敷きになる。跳ね除けようとしても、の華奢な身体では、ロッドの身体を退かすことは困難だった。
そこにお約束と言うかなんと言うか。ハーレムとマーカーが部屋に入ってきたからさぁ大変。

「おらぁ!ロッド!!てめぇ、に何してやがる!!」

いつもセクハラしているとはいえ、それは些細なかわいいものだった。しかし、さすがに押し倒されている娘を見た日には、ロッドを生かして返すわけには行かない、とばかりに、眼魔砲を打つために身構えるハーレム。

「ちょ、ちょっと待って!!ロッド、様子が変なの!」

「あぁ?」

その言葉に、眉間に皺を寄せたマーカーが二人に歩み寄り、とりあえずロッドをから引き離した。いつもならマーカーの腕を振り払うロッドだが、そんな気力もないらしい。マーカーになされるがまま、床に転がされてしまった。腹を押さえ、丸くなってしまう。

「おい、ロッド、いい加減に・・・」

「っく・・・マ・・・カ・・・たす・・・け・・・」

脂汗を流し、必死で懇願するその顔に、3人はただ事ではないことを悟った。

「おい、こっから本部まではどれくらいかかる?」

「・・・全速力で飛ばしても七時間・・・」

「今から俺は任務を終わらせてくる。俺が帰ってきたら、飛空艦を全速力で飛ばせ。高松に診せる。」

「了解!」

は飛空艦のコックピットへ行くと、操縦している者たちに命令を下した。

が戻ってくると、ロッドは自室へと運ばれたらしく、リビングには誰もいなかった。急いでロッドの部屋に行くと、マーカーがロッドをベッドへ寝かせるところだった。

「・・・私が看病する。」

「・・・大丈夫なのか?」

「こんな状態で、手なんか出せないでしょ。」

「・・・わかった。」

マーカーは、小さく頷くと、ロッドの部屋から出て行った。
あとに残されたのは、ロッドとのみ。遠くで、爆音が聞こえる。特戦部隊の皆は戦うことが好きだから、いつもはじわじわといたぶるようにして任務を遂行するのだが・・・今回はロッドがこの状態だ。今の爆音はきっと、ハーレムが眼魔砲で一気に片をつけた音だろう。
爆音は止み、部屋に響くのはロッドの荒い息遣いだけだった。洗面器に水を張り、熱が出てきたロッドの額にタオルを乗せる

ふと、涙が流れた。自分の能力なら、怪我は治すことが出来るのに。

は、自分の能力を自分で操ることが出来ない。感情により、その力は発動される。触れたもの全てを原子レベルまで分解、そして原子レベルから再結合させる能力。空気中に漂う酸素と水素から水を精製したり。錆びた鉄の塊から刀を作ったり。壁に触れれば壁は原子レベルまで分解される。
は、特戦部隊の中で最弱で最強の戦士だ。
操ることの出来ない能力の中でも、原子レベルの再結合のみ、多少自分の意思でも操ることが出来る。人体についた傷・・・それに触れることによって、結合し、傷を塞ぐことが出来る。

特戦部隊には、今まで、医者なんて必要なかった。彼らが医者を必要とするときは、大抵怪我によるものだった。だから、で用は足りていた。しかし今回ばかりは・・・。

いつの間にか急速にスピードを上げた飛空艦の中には、凄まじい機械音が流れていた。一体どれくらいたっただろう・・・。拭っても拭っても涙が出てくる。ロッドはに助けを求めた。でも、は手を差し伸べられるような技術も知識も持ち合わせてはいなかった。ただただそれが悔しくて・・・は涙を流す。
ふと、扉が開いた。
そこには、皿に乗ったサンドイッチとコーヒーを乗せたトレイを持ったG、そして、ハーレムが立っていた。

「何ボロボロになってんだ、お前は。」

「・・・少し休め。俺が代わる。」

Gが食事を差し出しながら、頭を撫でた。

「隊・・・長・・・私は・・・」

「あぁ?」

「私、医者になりたい!」

「・・・」

ハーレムは、の顔をまじまじと眺めた。逸らされることのない真剣な瞳。泣き腫らされたその瞳に、嘘偽りは微塵も感じられなかった。

「なんでまた、急に・・・」

「私、皆の傷を治せることで満足してた。でも・・・病気は私には治せない。今回、ロッドが倒れて、気付かされた。私、皆がもし病気になったとき、治してあげれるようになりたいの!」

「・・・」

苦虫を噛み潰したような顔をして、ハーレムは部屋から出て行った。その表情に、の中では不安が募る。

「・・・怒った・・・かな?」

「・・・この程度で怒るような、器の狭い人間じゃない。」

Gはもう一度頭を撫でた。
は、溢れてきそうな涙を我慢しながらGの持ってきたサンドイッチを頬張った。



ロッドが倒れてから、10時間が過ぎようとしていたとき、やっと本部に到着した。すでに夜中だったが、医療スタッフが待機している。その中に、黒い長髪の垂れ目の男がいた。

「久しぶりですね。・・・彼女が、博士の忘れ形見ですか?」

「あぁ。んなことより、高松、さっさとあのバカのことを診てやってくれ。」

「はいはい。」

ハーレムと垂れ目の男、高松は短い会話を済ませると、ロッドを診察室へと運んでいった。

数十分後、高松は診察室から現れた。

「どうだった?」

「急性の胃炎ですね。しかし、少々重症ですので、入院が必要でしょう。あんた達は次の任務が差し迫っているでしょ?ま、二人抜けてもあんた達なら大丈夫だと思いますが。」

「おぉ。」

命に別状がないことを聞いて、は安堵の溜息を漏らした。しかし・・・どうしても高松の言葉が気になった。

「・・・二人抜ける?」

「おや、当の本人は聞いていないんですか?」

「本人って・・・私?ちょ、隊長!どういう・・・」

「3年だ。」

「・・・え?」

「医者になるために本当なら大学に行って6年かかる。けど・・・お前はこれから高松のところで助手として働いて、3年で医者になるための知識と技術を身につけろ。お前はここに残るんだ。」

「隊・・・長・・・」

怒ったんじゃなかったんだ。私が医者になりたいっていう話を聞いて・・・ドクターと交渉してくれたんだ・・・

「ありがとう・・・私・・・頑張るから。」

「3年経っても医者と同等の知識を持てなかったら、諦めて特戦部隊に隊員として戻って来い。」

「はい。」

「じゃぁな。」

「はい・・・」

こうして、とりあえずロッドを残して、特戦部隊は次の任務へと向かった。高松に案内された部屋には、ちゃっかりの荷物が全部運び出されていた。
次の日から、は高松の後ろをついて歩いて、いろんなことを吸収しようと頑張っていた。
もちろん、入院しているロッドの看病もした。

ロッドの胃炎も治まり、退院という日。ロッドは、苦笑いをしながらの頬にキスをした。

「俺の病気を治せないのが悔しくて泣いてくれたこと、医者になりたいって決心したこと、腹痛に苦しみながら全部聞こえてた。頑張れよな。応援してるから。隊員としてじゃなく、医者として特戦部隊に戻ってきて。」

「ありがとう・・・とりあえず、ロッドにキスされたこと、隊長に報告しとくわ。」

「おいおいおい!勘弁してくれよ!」

慌てるロッドの仕種が可笑しくて。笑っていたの心は、医者になるという決心と、待ってくれている仲間がいる嬉しさとで、晴れ渡った青空のようだった・・・




長っ!!!
久しぶり書きました。親馬鹿シリーズ。
いや、久しぶりじゃダメなんだけど・・・。
やっとヒロインの能力が判明。
ロッド、いいとこなしです(爆)。