「シンタロー様、私、シンタロー様のことを愛し・・・」

「俺がお前なんかのことを愛するとでも思ったか。目障りだ。消えろ。」

「・・・シンタロー様」



−陽のあたる場所−



かつて、短い期間「シンタロー」と呼ばれていた時に出会った女。特戦部隊の飛空艦の医務室の室長を勤めていた彼女。表情をくるくると変え、喜怒哀楽の激しい女。名は。心が荒み、荒れ狂っていたあの頃の俺にとって、は煩わしい存在の何者でもなかった。どうやら、青の一族の遠い親戚らしかった。オレンジに近い金髪に、青い目。ストレートの髪は肩の高さで切りそろえられていた。まだ少女のあどけなさが残る、可愛らしい面立ち。美しい女だったが、あの頃の俺には女など必要なかった。ただ、自由を・・・24年間俺の自由を縛り付けていたシンタローを殺すことだけにしか興味を示していなかった俺。醜い憎しみに歪んだ俺を、彼女は愛していると言ってくれた。でも、俺は愛など求めてはいなかった。酷い言葉を投げつけ・・・彼女を傷付けた。

特戦部隊の飛空艦を降りてから、彼女に会ったことはなかった。
平穏を取り戻した俺は、ただ彼女に謝りたいと。そんなことをずっと考えているうちに、1年、2年と月日は流れてしまった。これほどまでに、俺に印象深く刻まれた人物も珍しい。

とある昼下がり、共に昼食をとっていたグンマの様子がおかしいのに気がついた。

「どうした?」

顔は蒼白。額にうっすら汗が浮かんでいる。」

「うん・・・ちょっとお腹痛くて・・・」

「高松のところに行けばいいだろう。診てもらってこい。」

「高松ならいいんだけどね・・・今出張中で、医局の先生、高松じゃないんだ・・・。高松以外のお医者さんは怖いんだよね。」

変わった奴だ。高松のことを恐れる者は多いのに、高松以外の医者の方が怖いとは。

「全く・・・一緒に行ってやるから、ついて来い。」

「え〜・・・」

そんなグンマの言葉は聞き入れず、ずるずると引き摺るように医局まで連れて来た。そこには、見覚えのある女が。
何度となく思い起こし、申し訳なさで張り裂けそうになる気持ちを落ち着けて、いくつの夜を越えてきたかのか、自分でも分からない。会って謝ることさえ許されなかった。会いたいと思っても、その願いが神に聞き入れられることはなかった。しかし、今日。俺はまた彼女に出会った。

「・・・

あの時よりも伸びた髪。あの頃のような少女のあどけなさは消え、大人の女性としての淑やかで艶めいた空気を纏わせた白衣の女。心臓が飛び跳ねているのが分かる。
呼びかけた声に気がついて、彼女は目線を資料から俺達のほうに向ける。一瞬表情が曇ったのは、見間違いでないだろう。しかし、彼女はあの時と同様に木漏れ日のような笑顔を向けてきた。

「どうなさいましたか、グンマ様、キンタロー様」

「・・・グンマが腹が痛いそうだ。診てやってくれないか。」

「まぁ、それは・・・それでは、お腹を出して、診察台の上に横になってくださいね。」

「はーい。」

グンマは連れて来る時の様な暗い顔はしていなかった。きっと、医局を任されている医者が優しそうな女性だったので安心したのだろう。
横になったグンマの腹に手を置き、触診している。その様子を壁に寄りかかり見つめていた。ちらりとがこちらを向き、困ったような笑みを浮かべた。ハッとそれに気がついた俺は、目をそらす。

「軽い胃炎のようですね。お薬出しておきますね。あまり無理なさらず、お仕事なさってくださいね。」

「はーい。ありがとう、先生。」

「どういたしまして。」

カタカタとなにやらパソコンに打ち込んでいる。おそらく近くにある薬剤室に、処方箋を送ったのだろう。

「3日分出しておきました。治らないようなら、またいらしてくださいね。」

「はーい。ありがとうございました。」

「お大事に。」

そんなグンマとのやり取りを聞いた後、俺はグンマと連れ立って無言でその場を立ち去った。
持ち場に帰る道すがら、グンマは嬉しそうに言った。

「綺麗な先生だったねー。僕、凄い好みだなー。今度デートに誘ってみよう♪」

「・・・やめろ!」

自分でも信じられなかった。そんなことを叫んだことが。は・・・俺のものでもなんでもないのに。ただ・・・一瞬でもグンマとが一緒にいる場面を想像したら、今まで感じたことのない怒りが込み上げてきた。驚いたグンマは目を丸くして俺のことを見つめている。廊下を歩いていた団員たちも何事かとこちらの様子を窺っていた。

「キン・・・ちゃん?」

不安げに俺のことを見上げていたグンマの声に、ハッと我に帰った。

俺は・・・一体なにを・・・

顔が熱い。心臓は破裂してしまうのではないかというほど鼓動を早め、まるで顔に体中の血液が集まっているのではないかと錯覚させるほどだ。

「キンちゃん・・・さっき、先生のこと『』って呼んでいたでしょ?もしかして・・・先生のことずっと好きだったとか?」

・・・ずっと?俺がのことを・・・?

あの頃の俺は、今以上に不器用だった。与えられた居場所を素直に受け入れることも出来ず、俺はその居場所を自ら壊した。そう、の傍という居場所を。あまりに長い時間待ち望み続けた自分の居場所。それが唐突に自分の目の前に与えられたのに、それが待ち望んでいたものだとそのときは分からなかった。今でも彼女のことを思い出し、謝りたいと何度も思い返すのは、きっとその自ら破棄した居場所を修復したいから。俺は、彼女のことを・・・

「グンマ・・・先に戻っていてくれ。」

「うん。頑張ってね。」

仕方ないなぁという顔をして、グンマは手を振ってくれた。その言葉が、今までないほどに力強く感じられた。
今歩いてきた道を引き返し、医局へと向かう。
局長室にいたは、パソコンに向かってなにやら打ち込んでいた。扉をノックする。その音に気がついたが顔を挙げ、扉の方へと視線を向けた。

「キンタロー様・・・」

一言呟き、目線をそらした。

「話がある。」

「はい・・・どうぞ。」

は、医局長室へとキンタローを通し、外にいる医局員にしばらく話をするから邪魔をするなと釘を刺した。ソファに向かい合わせになるような形に座る。
まるで、何者かに口を縫い合わされてしまったかのように声が出ない伝えなければならないことがあるのに。何分か無言ですごした後、は気がついたように

「コーヒーを・・・」

と言って立ち上がった。目の前の小さなテーブルに置かれた手を、俺はとっさに掴んだ。

「いい。話を・・・聞いてくれ。」

掴まれたことに驚いたのだろう、の手は一瞬強張った。

「はい・・・」

そう言って、彼女はソファに座りなおした。ここまで来て、何も打ち明けられなければ、人間として失格だろう。

「まず・・・その・・・久しぶりだな。」

「えぇ。」

クスッと小さな笑い声を立てては相槌を打った。その微かな笑いが、どれほど救いになったことか。俺は迷わず言葉を続けた。

「俺がまだ『シンタロー』と呼ばれていた時期・・・君と一緒に過ごした時期。その時に、せっかく君が寄せてくれた好意を、踏み躙ったことを謝りたい。」

「気になさらないでください。好きでもない相手にあんなことを言われれば、誰だって・・・」

「違うんだ!」

彼女の言葉を聴いて、俺の声は大きさを増す。俺の声に言葉を遮られたは口を噤んだ。沈黙は部屋を飲み込んでいく。しかしこれを打破しなければ、道は開かれない。

「・・・俺は・・・不器用だ。君が与えてくれた居場所を自分で壊した。24年間求め続けていたもの・・・。それを今まで知らなかったから、それが求めていたものだと気がつかなかったんだ。君と離れ・・・君の事を想い出さないときはなかった。あんな憎しみに満ちた俺のことを愛してくれた君が傍にいたら、こんな時に何て言っただろう、どんな言葉を掛けてくれただろうと・・・。きっと俺は・・・あの時から君を愛していたんだ。、今更取り返しがつかないことくらい分かっている。だから、もう一度俺のことを愛してくれとは言わない。けれど・・・少なくとも、俺が君の事を想い続けていたことを心に留めておいて欲しい。」

「キンタロー様・・・」

穏やかな視線が俺のことを見つめている。彼女が次に口にする言葉を最後まで聞く勇気が、果たして今の俺にあるのだろうか。

「・・・貴方をもう一度愛するなんて出来ません。」

淡い期待を抱いていた俺の世界が崩れるような音が頭の中で鳴り響いていた。その場を逃げ出してしまいたい。今すぐ自分の命を絶ってしまいたい。あぁ、きっとあのときのもこんな気持ちだったんだ・・・。そう思うと、心が引き裂かれそうだった。しかし、彼女の口から放たれたその後に続く言葉に、俺は耳を疑った。

「一度目を止めた覚えがないのに、どうして二度目があるんです?一度目は、まだ継続中です。」

「それは・・・」

「私は、名前が変わっても貴方のことをずっと愛していました。キンタロー様。」

陽の光のような彼女の笑顔。眩しすぎるその笑顔が、自分だけに向けられているものだと思うだけで、胸が熱くなった。
緊張の糸が解け、俺はソファに寄りかかり大きな溜息をついた。安堵の溜息を。
その様子を見てまた微かな笑い声を立てて、はコーヒーを入れに立ち上がった。

これからは、俺の居場所は常に彼女の隣にあり、彼女の居場所が常に俺の隣にあることを願おう。二人の共有する居場所は、まるで暖かい陽だまりのような場所であることを祈ろう。これからずっと・・・命尽きるまで・・・



久しぶりのPAPUWA夢。
なんとなくスランプ脱出(スランプだったの?)。
忙しくて他の夢サイト様回ってなくて萌が減少中だったんですが、
萌え再燃!!って感じで(笑)。