「大丈夫でっか、はん!生きてはりますか?」
アラシヤマの腕の中で小さく頷く女性。土埃を纏ったその女性の安否がわかると、アラシヤマはきつく抱きしめた。
「生きててよかった・・・」
−Voiceless Screaming−
戦場に設営されたテントの中、ランタンの火が揺れる。そこには人影が二つ。片目を隠した小綺麗な顔をした男、アラシヤマ。アラシヤマの座ったベッドには、美しい黒髪の女性が横たわり、規則正しい寝息を立てていた。その様子を見ながら、アラシヤマは罪悪感に苛まれる。
「何でわては・・はんをこんな所に連れて来てしまったんやろ・・・」
艶やかなの髪を撫でながら、を見つめる。喉元には大きな傷。この傷を受けたことが原因で、声を出すことが出来ない。もともと言葉少ないアラシヤマを理解してくれた。また、アラシヤマも言葉を発することの出来ないの気持ちを汲むことができ、二人は自然と恋人同士となった。
同じガンマ団の団員として、共に戦場に出ることも多かった。は衛生兵、アラシヤマは戦闘員だったが・・・。
しかし・・・今回はいつもの戦場とは違う。いつにも増して激しい戦闘が続いていた。何人もの団員が命を落とした。そして今日・・・危うく、戦死した団員の墓碑に、の名前が刻まれるところだった。
いつもはテントで負傷者の手当てをしているだが、前線に出ている衛生兵が捕虜として捕まってしまったため、が前線へ出ることになった。アラシヤマは激しく反対したが・・・の瞳は、意志の強いものだった。微塵の揺らぎも見せないその瞳に、アラシヤマは何も言えず・・・前線へ出ることを許してしまった。
相手の打ち込んだミサイルの爆風に吹き飛ばされて気を失って・・・怪我自体はたいしたこと無かったことが幸いだった。
「あの時許さへんかったら・・・こないなことにならんかったのに・・・堪忍してや、はん・・・」
「ん・・・」
声とは言えぬほどの微かな声を出し、が瞳を開く。
「はん・・・怖かったやろ?」
その問い掛けに、は困ったような笑みを浮かべた。そのいじらしい姿を見て、アラシヤマはさらに顔を近づけ、軽く口付ける。
「強がらんでも、えぇどすえ?わての前では・・・素直な姿を見せてほしいんや。」
そういい、頭を優しく撫でてやると・・・は、大粒の涙を零しながらベッドから起き上がりアラシヤマに抱きついた。声にならない嗚咽が漏れる。
「怖かったんやね・・・。はん、あんさんはここにいたらあきまへん。本部に戻りなはれ。」
その言葉を聞き、はアラシヤマから勢いよく離れると、首をぶんぶんと横に振る。しかし、その手はアラシヤマの軍服をしっかりと握り締めている。
「あんさんのことやから、そう言うというのはわかってましたわ。もう、本部に帰還命令を出してもらうように頼んでます。あんさんが嫌やって言うても、上の命令には逆らえへんやろ?」
の瞳には色濃く不信の色が浮かぶ。「どうして?」という言葉が、声にはならずともまるで幻聴のように聞こえてくるような錯覚に陥る。アラシヤマは目を逸らし・・・
「すんまへんな、はん。」
とだけ言った。アラシヤマを掴むの手に力が篭る。まるで一生離さぬといわんばかりに。
(わてかて一緒にいたい・・・。せやけど、このままはんがここにおったら・・・死んでしまうかもわからへん)
意を決して、アラシヤマはに向かって口を開いた。いつものアラシヤマなら、決して言わないような・・・棘のある物言い。
「あんさんがいると、心配で戦闘に身が入りまへん。あんさんが前線におるんは、はっきり言って迷惑なんや。本部に戻って、わての帰るのを待ってておくれやす。」
そこまで言うと、テントの中に乾いた音が響いた。アラシヤマは頬に痺れるような痛みを感じた。ジンジンとしたその痛みは、熱りへと変わっていく。は、毛布を勢いよく被ると頭まで潜ってしまった。肩が上下に揺れる。
(やっぱり・・・泣かしてしもうたな・・・)
アラシヤマはテントから出て、自分のテントへと戻っていった。その日はほとんど眠れなかった・・・。
翌日、正式にの帰還命令が下され、は迎えに来たトラックへ乗り、本部へと戻ることになった。
「必ず帰りますよって、待ってておくれやすな。」
「・・・」
は腫らした目を逸らし、決してアラシヤマを見ようとはしない。その後は言葉も交わさず、がトラックへと乗り込む時間となった。
一度も目を合わせずトラックに乗り込もうとするの腕をアラシヤマは掴み、引き寄せて抱きしめた。
「ここにおったら・・・あんさんは死んでまう。あんさんにだけは・・・生きてほしいんや。こんな強引にして堪忍や・・・愛してますえ・・・」
そう言ってを解放すると、踵を返して本隊へと戻っていった。が声無き声で、アラシヤマの名を叫ぶのにも気付かず・・・
2週間後、戦闘も一段落し、アラシヤマたちにも本部への帰還命令が下された。団員たちは歓喜に沸いていたが、落ち込んでいる男が約一人。言わずと知れた、アラシヤマ、その人である。
(はぁ・・・あんなこと言うて・・・はん、怒ってはるやろな・・・。帰っていきなり、別れ話なんかされてしもうたら・・・わて、立ち直れへんわ・・・)
そんなことを悶々と考えながら、帰りの軍用飛行機の中でボーっと外を眺めるアラシヤマ。他の団員たちは長引いた戦闘のために疲れがピークに達していたらしく、皆豪快ないびきをかいて寝ている。
本部へと飛行機がついたのは、午前2時だった。団員たちの家族も、さすがに夜中であるからちらほらとしか出迎えに来ていない。アラシヤマは、その中にの姿を探した。しかし・・・の姿を見つけることはできなかった。小さく溜息をついたとき・・・ゲートへと続く道から、こちらへと向かってくる足音が聞こえた。気になって顔を上げてみると・・・そこには、他ならぬの姿があった。
「はん・・・」
の口が、明らかにアラシヤマの名前を呼んでいる。声無き叫びは、アラシヤマの心へと直接響いた。一目散に駆け出し、の元へと向かう。
「はん・・・わて・・・わて・・・!」
は、人差し指をアラシヤマの口に押し当てると、にっこりと笑った。そして、アラシヤマへと抱きついた。
「はん・・・わて、あんさんにひどいこと言うた・・・それでもわてのこと・・・許してくれはるんか?」
は一つ頷いて、またにっこりと微笑んだ。全てのことを水に流すかのようなその笑顔に、アラシヤマの心がどれだけ救われたことか。
「はん・・・愛してますえ・・・」
二人は抱き合い、久しぶりのお互いの温もりを感じあった。
それから、は前線には出ないようになった。自分が前線に出れば、アラシヤマが満足に戦えないことを身をもって知ったから。でも、アラシヤマの赴く戦場には必ず足を運んだ。
前線で戦うアラシヤマの耳には・・・テントの中で自分の帰りを待つの声無き叫びが、いつでも響いていた・・・。
前サイト「OASIS」にての 4500hit 明介さまリクエスト
はい、キリリク作品です♪
ヒロイン設定もいただいたので、活かして書かせていただきました。
「守られるヒロイン」・・・というリクエストでしたが、
守られてるの?!ってか、最初から守りきれてないし!!
ごめんなさい、明介様!
ちなみに、題名の「Voiceless Screaming」は、
Xの曲だったと・・・思います(あやふや)。
ただ、すごい綺麗な曲だったのは覚えてて・・・