私はエキストラ。
君は主役。
そんな二人が恋に落ちるなんて、舞台ではありえないでしょう?
ま、人生という舞台でならありえるんだろうけどね?



−侍女に恋する王子−



は今日も、いつもの道を通って家路へとついた。いつもの道。いつもの見慣れた風景。
いつもの場所へ差し掛かると、中からサンドバックをたたく音。
掲げられた看板は「川原ジム」。
の家の近くのボクシングジム。そこに、まさか彼がいるとは微塵も思っていなかった。

高校時代の同級生、宮田一郎。

彼がボクシングをしていることは知っていたし、プロになったのも知っていた。
高校時代から寡黙で、群れることを嫌う宮田は、からすれば正直どうでもいい人だった。
確かに顔は悪くないと思う。頭もよかったし。の友達には何人か宮田に恋愛感情を抱いている者たちがいたが、宮田は特段振り向くこともなかった。
の宮田に対するイメージはというと、「堅物。ボクシングにしか興味のない、つまらない人」というものだった。
まあ、それを口に出してしまえば友人たちに何を言われるかわからないから言ったことはなかったが。

ちょうど一週間前。
仕事が終わり、帰宅していたは、川原ボクシングジムの前に差し掛かったとき、ふとその日の昼に会社で見たワイドショーのニュースを思い出していた。
そこに映っていたのは、の知らない宮田。
「東洋太平洋チャンピオン・宮田一郎」だった。職場の同い年くらいの若い子達は黄色い声をあげてそのテレビにかじりついていたが、高校のときからの宮田を知っているにとってはどうでもいい事実で。

そういえば・・・宮田のボクシングジムって、川原ジムだっけ?

そんなことをボーっと考えて看板を見上げていた。

「おい、アンタ、ジムに何か用か?」

ふと、後ろから声をかけられた。それに気がついたが後ろを振り返ると、ロードワークから帰ってきたばかりなのだろう、肩で息をする宮田の姿が。

「あ、宮田。」

一言だけ、感情の欠如したような棒読みなセリフを呟いたを見て、少しだけ不思議そうな顔をした宮田だったが、ハッと気が付いた顔になった。

「あ、お前、か?!」

「うん。そう。」

は少々意外だった。まさか、こうもすんなり自分の名前が出てくるとは思いもしなかったから。確かに同じクラスではあったけれど、宮田によく見られようと努力したわけでもないし、正直なところ興味もなかった。それはきっと向こうだって同じことで。でも、と宮田の大きな違いは、その存在が目立つか目立たないか。
は女子の中でも特別可愛いわけでもなく、成績も中の上。部活で目立った活躍をした訳でもないし、クラス対抗の合唱コンクールでソロを歌った経験も、式をした経験も、ピアノを弾いた経験もない。すなわち、ドラマや映画で言う「エキストラ」的な存在だ。
それにかわって宮田は成績もいいし女子にももてる。高校在学中にプロボクサーになって、世間的にも認められていた。もちろん学校には宮田にあこがれる女子は両手両足の指を足しても足りないくらいいただろう。「主役」級な彼が、なぜ自分のことなど覚えていたのだろう。

「な、何でお前がここにいるんだよ。」

・・・あれ?宮田の顔・・・赤い?

「何でって、ここ、駅から私の家への通り道だもん。毎日通ってるよ。」

「そ、そうなのか・・・」

は、初めて見た。宮田が、微かではあるがくるくると表情を変えるところを。その表情を必死で隠そうとしているのに隠し切れていないその宮田の態度が微笑ましくて。は気が付くと微笑を浮かべていた。その表情に気が付いた宮田が、また顔を赤くする。

「ねぇ、何で私のこと覚えてたの?」

「え、何でって同じクラスだっただろう?」

「そりゃそうだけどさ、私なんて何の取り柄もなくて目立たない奴だったはずじゃん?」

そんな、自分を卑下するようなセリフに、宮田は苦笑いを浮かべた。

「確かに、お前は成績だって見た目だって、部活の成績さえもそこそこの奴だったけどな。」

「じゃあ、何で私のことなんて覚えてるのよ。」

「お前が好きだったからだよ。」

・・・は?今なんて言った?東洋太平洋チャンピオンの宮田一郎選手は、私のことが昔好きだったって?!

「な、何で?!」

「何でって・・・人を好きになるのに理由なんて必要ないだろう?」

があまりに大きな声で聞き返したので、宮田は少しムッとした顔でそう返答した。

「だって・・・まず、私に興味を持ってるように見えなかったし!私なんかよりも美人な子が周りにいっぱいいたじゃん!」

そう、そうなのだ。高校時代の宮田からすれば、いい女は選びたい放題だったはずなのだ。しかし、高校時代は誰と付き合い始めた、なんていう噂は一度たりとも聞いたことはなかった。あぁ、そういえば、「好きな奴がいるから」って振られた子がいたはずだけど・・・。

「ウザかったんだよ。俺にちやほやする奴らがさ。」

ジムの壁に寄りかかり、腕を組む宮田。顔が赤く見えるのは、夕焼けのせいなのか、それとも彼が赤面しているからなのか、今になっては区別がつかない。

「ウザかったって・・・」

「お前だけだったろ、俺に何も興味持ってない女って」

・・・どこまで自信家なんだ、こいつは。と心の中で思っただったが、あえて突っ込まないでおいた。

「目立たない奴が俺にとっては一番目立つ奴だった。勉強だって一生懸命やってる姿は見てたし、部活だっていい成績残せなくてもキャプテンとしてみんなのことを上手にまとめていただろう?俺は、かげながら尊敬してたんだぜ?お前のこと。」

・・・見ててくれた?私が頑張っているのを。

「部活引退のとき、教室で泣いてるのを見て、俺は・・・お前が好きだったんだって気付かされた。傍にいてやりたいと思ったけど・・・俺に踏み出す勇気はなかったんだ。」

自嘲的な笑みを浮かべて困ったような顔でを見つめる宮田。
今まで、宮田に対して胸の高鳴りなど感じたことのないだったが、不意に胸が熱くなった。

「そう・・・私のこと好きだったんだ?」

照れているのを隠そうといたずらっ子のような笑みを浮かべて宮田をからかおうとしただったが、まさか次の瞬間にTKOされるとはこれっぽっちも思っていなかった。

「今も好きだけどな。」

「へ・・・?!」

カァカァと鴉がねぐらへ帰っていく声がする。遠くでは電車が走っている音が聞こえる。ジムの中からはサンドバッグをたたく音が聞こえる。でも、と宮田の耳には、それらの音は聞こえてはいなかった。

「み、宮田?今なんて・・・」

「・・・過去形じゃないって言ってんだよ。」

今、顔が赤く見えるのは、きっと夕焼けのせいじゃなく、照れているからに違いない。
ドキドキと心臓の鼓動が早い。今まで、そんな事はないと思っていたのに。は、自分も宮田のことが好きだったんじゃないかと思い始めた。そもそも、は昔から少数派に属していた。みんなが好きなものが嫌いだったり、嫌いなものが好きだったり。
高校時代もそうだったのかもしれない。多数派に混ざりたくなくて。宮田に興味がないフリをしていただけなのではないか?

「・・・?」

宮田が不安げに視線を投げかける。
ハッと我に返ったは、

「あ、ごめん」

と思わず謝罪の言葉を口にした。

「・・・それって、俺のことは好きじゃない、って意味か?」

「ち、違うから!!全然そんなことないから!!」

思わずそう返答したが、は内心しまった!と思った。

・・・今のって、私も宮田が好きだって言ってるように聞こえるじゃん!

ちらりと宮田を見ると、大した変化は内容に見えるけど、嬉しそうな顔をしている宮田がいた。その表情には、少なからず愛しさを覚えた。

「じゃ、俺と付き合うか?」

「・・・お友達からよろしく。」

自分たちには友人だった期間なんてない。だから、少しずつ距離を詰めていけばいい。はそう思って、宮田に手を差し伸べた。
もう日が暮れる。夕闇が徐々に広がってきた街の中で、二人の手の影は、一つに重なった。

宮田夢第2弾!
ツンデレ風味(笑)。
これまた製作時間40分ですよ。
思いつくと一気に書き上げちゃう人なんで・・・。