その歌声は・・・天使の歌声だった。
少なくとも、俺はそう感じていた。
あの暗い牢屋の中で光を感じられる瞬間だったから・・・。
−天使の声−
寝苦しさに目を覚ます。
あの歌声を失った日の夢は何度も見た。
何度も何度も、俺の元からあの歌声は遠ざかっていく。
あの歌声を奪われてから、いったいどれくらいの月日が流れたのか・・・
そんなことを考えながら、そっとまた目を閉じた・・・。
その歌声は、幼い時から幽閉されていた牢屋の前から響いてきた。
美しい、鈴の音のように透き通った声。
牢の看守の娘が看守を訪ねてきては歌っていたらしかった。
数回、重い扉越しに言葉を交わしたことがあった。
その歌声の主の名は、。
美しい歌声を誇る、人魚の一族だった。
俺と言葉を交わしていたことを知った海王が、
俺からを遠ざけた。
噂によると、は幼いということで咎めはなかったが、
両親は処刑されたらしい・・・。
俺の心を寄せた少女は、俺と関わったことでどれだけ辛い思いをしたことか・・・
その償いをしたくても・・・彼女の顔すら知らない。
声を頼りに探すしかない・・・。
気だるい身体をベッドの上に起こし、しばらく夢の余韻に浸る。
は・・・いったいどこにいるのか・・・。
部屋をノックする音が響いた。
「・・・入れ。」
扉が開き、中に入ってきたのは最近この城で
俺に仕えるようになった侍女だった。
言葉が話せないらしい。しかし、良く気の利く娘。
年のころは・・・俺と同じくらい。
どことなく懐かしさを感じさせる、真珠色の髪をした娘。
「・・・朝食か?」
コクンと頷くその侍女。
たかが侍女・・・名前など聞いていない。
侍女など皆同じ・・・そう思っているのだが・・・
彼女にだけは、何故か惹かれるものがあった。
「おい・・・お前、名は?」
不意に口にした言葉。
しかし、その侍女は顔を強張らせて目を逸らした。
心なしか、震えているように見える。
「答えたくなければ答えなくてもいい・・・」
俺は彼女にそういった。
周知の事実だとはいっても、俺だって昔のことを聞かれれば
話すことには気が引ける。
誰にだってそういうことはあるはずだ。
彼女は、切なそうな瞳を向け微かに微笑む。
桜色の唇が、動く。
その動きを、必死で読み取ろうと目を凝らす。
ワ・タ・シ・ノ・ナ・ハ・・・
彼女の唇の動きに合わせて自分で声を出して確認する。
「・・・?」
彼女は、小さく頷いた。
「お前は・・・あの・・・」
また彼女は、小さく頷き微笑んだ。
夢にまで見た少女の姿。
目の前に、心の底から求めていた少女の姿があった。
優しい微笑。柔らかい髪。整った顔立ち。
しかし・・・そこには、俺の求め続けていた天使の声はなかった。
「・・・声はどうした?」
その言葉を聴いたは、悲しそうな目をして顔を背けた。
俺の早鐘を打つ鼓動だけが、朝日の差し込む静かな部屋に
響き渡っているような感覚に陥る。
「全て・・・俺のせいなんだな・・・親が殺されたのも・・・
お前が、あの歌声を失ったことも・・・。俺のことを憎んでいるだろう・・・?」
身体が引き裂かれる思いとは、このことなのだろう。
ずっと恋焦がれていた少女は、自分のせいで愛するもの達、
そして、自ら誇りに思っていた歌声を失っていた。
自分自身を許せず・・・俺の瞳からは、熱い水が流れ落ちた。
それを見たは、俺の手を取り、視線を自分に向けさせた。
そして、にっこりと微笑むと、左右に首を振った。
彼女の唇が、何かを伝えようと動く・・・ゆっくりと・・・
俺が読み取ることが出来るように。
「ア・ナ・タ・ヲ・ニ・ク・ン・デ・ル・ナ・ラ
コ・コ・デ・ハ・タ・ラ・イ・タ・リ・シ・ナ・イ。
ス・コ・シ・デ・モ・ア・ナ・タ・ノ・ソ・バ・ニ・イ・タ・カ・ッ・タ・カ・ラ・・・
コ・コ・ニ・キ・タ・ノ。
ア・ナ・タ・ヲ・ニ・ク・ン・デ・ナ・ド・イ・ナ・イ」
声にはならない言葉が、俺を苦痛の海から救い出すように
心の中に染み込んでくる。
俺の耳には・・・あのときの天使の声が聞こえた気がした。
俺を闇から救い出す・・・天使の声が・・・
許されることではないと思った。
それでも、は許すと言ってくれた。
俺の傍にいたいと・・・そう言ってくれた。
その言葉が嬉しくて・・・目の前にいるを静かに抱きしめた。
「ありがとう・・・」
は、何も言わずに俺の背中に手を回してくれた。
この腕の中にある温もりに、これ以上の苦痛を与えないよう、
俺は彼女を守るために生きようと決心した。
俺を闇の中から救い出してくれた天使のために・・・
俺のこれからの人生は始まる。
クラーケンですぅ!!
大好きです!!影を背負った感じが。
こういう人に彼女を作ってあげるのが
私の楽しみです(笑)。