「この世で一番大切なものは?」
彼女の口から紡がれるこの質問に対しての回答は、自分の答えと同じ響きであって欲しい。でも、違う意味であって欲しいのだ。きっと彼女の口からなら、その言葉が聞けるだろう・・・
−似て非なるモノ、そして完璧な答え−
「、この世で一番大切なものはなんだ?」
フラスコの中から、パピヨンは近くで本を呼んでいた少女に問いかけた。少女の名は。かつて蝶野攻爵の許婚で、今はパピヨンの恋人。滑らかな絹のような黒髪を微かに揺らしながら、はパピヨンに視線を向けた。黒曜石のような、吸い込まれるような瞳。
「・・・貴方の答えを先に聞かせてください。」
にこりと笑い、その少女は質問を切り返した。思わず黙ってしまうパピヨン。改めて考えると、答えを導き出すのが難しかった。考えることは多いが、所詮行き着く答えは一つ。
「『命』に決まっているだろう。」
パピヨンの言う「命」というのは、自分自身の「命」のこと。不治の病に犯されながらも生きることを望んだ。生にしがみついて最後に辿り着いた答え、それは、人間であることをやめること。それもこれも、自分自身の「命」を守りたいが為だった。生きたかった。愛した女と、同じ時間を生きたかった。ただそれだけのことが、蝶野攻爵を「生」に縛り付けた理由だった。
ふとの方に視線を移すと、アルカイックスマイルを湛え、パピヨンに視線を送るの姿があった。その全てを包み込むかのような優しい眼差しに、左胸に収まっている臓器は踊り狂う。ホムンクルスになっても、人を愛しいと思うときの体内の動きは人間とそう大して変わらないらしい。
「お前の答えは?」
「私も、『命』はとても大切だと思います」
にっこりと微笑む。の言う「命」は、パピヨンの言った「命」とは、違う意味を持つことをパピヨンは分かっていた。彼女の言う「命」は、生きとし生けるもの全ての「命」。そんな偽善者のようなことを平気で言えることが、パピヨンが唯一の気に食わないところだった。
「・・・偽善的な発言だな。」
コポコポと、フラスコの中の液体の中に気泡が混じる。はパピヨンが、蝶野攻爵であったころから偽善的な発言が嫌いなことはよく知っていた。それでも意見を変えないのは、自分の意見に絶対の自信を持っているから。機嫌を損ねないために、自分の意見を変えることはしなかった。
物悲しげな表情と共に、は口を開いた。
「貴方は一人で生きているとお思いですか?そのフラスコに使われている鉄やガラスは他の人間が作ったもの。貴方の着ている服も、貴方の読んでいる本も、貴方が作ったものではないでしょう?自分以外のものがこの世から消えてしまえば、貴方はホムンクルスとしても生きていけなくなります。」
確かに、の言うとおりだった。自分以外のものがこの地球上から姿を消してしまえば、自分は生きてはいけない。恐らくヴィクター化したとて、エネルギーを吸収できるものがないのだから生きてはいけないだろう。それ以前に、がいない世界は、自分にとっては生きていても仕方がない世界なのだ。と共に生きることを望み、生への執着に縛り付けられた。それほどまでに愛したが「大切だ」というものは、もしかして自分にとっても大切なものなのではないだろうか。
ただ1つ、釈然としなかったことは。
「・・・他の人間やその他の生き物の『命』と、俺の『命』は同等って訳か。俺は何を犠牲にしてもお前のことを守りたいと思うし、何を犠牲にしてもお前と生きていきたいと思うのに。」
フラスコの中の液体が揺らぐ。そっと外界とを隔てているガラスへ近寄ると、ガラスに手を触れた。の手もガラスの反対側からパピヨンの手に重なるように手を触れる。感触はただのガラスなのに、が触っている部分だけ熱を持っているように暖かく感じる。
この暖かさを欲して、求め続けて、感じ続けたくて。パピヨンは自分がホムンクルスになったことを改めて自覚する。根本的に種族は違うけれど、純粋に、ただひたすらにを愛し続けたいがためにホムンクルスになった。その気持ちを受け入れて、蝶野攻爵からパピヨンとなった彼に付き従う。
の手がするりと自分の顔ほどの高さへ移動する。
「私は、『命は大切だ』と言っただけ。大切だけれど、それが世界で一番大切だとは言っていません。私にとって世界で一番大切なのは、貴方の『命』です。貴方さえいれば、私は生きていける。」
その言葉に、パピヨンの心臓がどれだけの激しい動きを見せたか、きっと彼女には分からない。その言葉だけが、パピヨンがこの世に生を受けた証のような気がして。
「・・・」
一言、彼女の名前を呼んだ。どちらともなくガラスに顔を近づけ、ガラス越しに口付けを交わした。感触はただのガラスだけれど唇の触れたところから緩やかに熱が広がっていく気がする。
唇を離すと、そこには照れたようにはにかんだの姿があった。人間ではない自分のことを受け入れてくれた。それでも、は自分がホムンクルスになることは拒んだ。
「、お前の寿命が尽きる時・・・俺も必ずお前と共に。」
のいない世界を一人で生きるほど、自分は強くない。パピヨンは自分でそう思っていた。自分を求めるものがいない世界で一人孤独に生きていけるほど、自分は強くはない。ただ隣にがいてくれればそれでいいと。
「私のことは構いません。貴方の悔いの残らないように生きてください。今すぐ私が死んで、貴方があとを追っても、貴方には武藤カズキと決着をつけるというしなければいけないことが残っている。私なら一人でも我慢できる。だから、せっかく手にした新しい『命』を無駄にしないように・・・悔いを残さないように生きてください。」
「・・・」
その優しい微笑みを命が続く限り、守り続けようと、心の中で誰にも…神にも悟られるぬよう、パピヨンは誓った。
ほとんど書き上げて、そのまま放っておいたもの。
ファイル整理してたら出てきました。
CDドラマも発売になって、第2弾も決まり、
アニメ化もどうやら決まったようなので、
これからも頑張って書いていきたい!!