親同士が決めた許婚。最初は嫌で嫌で仕方なかった。
 良家に生まれたからには、恋愛結婚なんて無理だってわかっていたけど、
まさか生まれたときから自分の将来が決まっているなんて思いもしなかった。

それでも…私は彼を愛してしまった。



−花−



 彼と出会うまでは男性を意識したことはなかった。男性と接する環境で
生きてこなかったから。
 幼稚園、そして小、中学校にいたるまで、俗に「お嬢様学校」と呼ばれる
女子校に通ってきた。きっと、これが母の目的だったんだと思うけど、
私は見事に母の術中にはまってしまったみたいだ。


「蝶野攻爵。君の許婚。よろしく。」


とても短い自己紹介。その冷たい瞳が最初は怖かった。
でも、彼と打ち解けていくうちに、彼のことが好きになっていった。
その冷たい微笑みに、暖かさを感じるほどに…。

 私の許婚、蝶野攻爵は私の1つ年上。私は今大学1年生。
本当なら彼は大学2年生…のはずだけど、原因不明の不治の病に
冒されてしまったせいで、いまだ高校を卒業できないでいる。
 休みの日になると、母校の寄宿舎へ通っては、
外の嫌いな彼の部屋で日が暮れるまで過ごした。
 こんな日がいつまで続くのか、見当もつかなかったけれど
それでも私は彼の元へ通い続けた。

 そんなある日。私の家に、彼の父親と弟がやってきた。
その時、義理の父親になる人から告げられた言葉。

「蝶野家の家督は攻爵ではなく、この次郎が継ぐことになった。
君の許婚は、攻爵ではなく、次郎だ。」


…そっか。私の許婚は、「蝶野攻爵」ではなくて、
                   「蝶野家の家督を継ぐ者」だったんだ…。


 気づいたときには、もう遅かった。人を愛したのは初めてだったのに…。
彼となら…どんな苦しみも乗り越えていけると思ったのに。
たとえ彼の命が尽きようとしていても、
一緒に苦しみに耐えていくつもりだったのに…。


攻爵さんを心から愛してる…。彼と一緒に生きていきたい。


 私の本心は、音声として流れ出ることなく、涙とともに心の奥底に
沈められた。
 結果的に私は、攻爵さんを見捨ててしまった。
私の許婚は…次郎さん。

 親の言うことに逆らえない自分がもどかしくて仕方なかった。

 次郎さんは、攻爵さんと違って私のことを自慢するように外に連れて歩いた。
私はまるで、彼のアクセサリーのような存在。見せびらかすための宝石…。
 攻爵さんとすごした、薄暗い寄宿舎の部屋が懐かしかった。
 顔はそっくりでもまったくの別人。似ているところなんて一つもない…。

 攻爵さんと会わなくなって、一月が過ぎたころ。
いつもなら1日に1回は必ず電話をしてくる次郎さんから、電話が来なくなった。
蝶野家の人たちが失踪したのを聞いたのは、その翌日だった。

 私の頭の中にあったのは、自分の将来の心配でも、次郎さんのことでもない。


攻爵さん…!!


 警察に行方を聞いても、まったく消息がつかめなかった。
涙で真っ赤になった目を擦りながら、安否を知らせる電話を
ひたすら待ち続けた。


待っても待っても、電話は鳴らない…。


 街へ出て、人ごみの中に愛しい人がいないか探して歩いた。
 何日くらい探して歩いただろう…。その日も街を当てもなく
ふらふらと歩いていた。
 街の人々の異様なざわめきが聞こえた。不思議に思って目をやると…
そこには、それこそ異様な姿をした蝶々のマスクをつけた男性が、
我が物顔で歩いていた。
 そのマスクから覗く瞳は…彼のものだった。


「攻爵さん!!」


 頭より、体が先に動いた。私は、蝶々のマスクをつけた男性の腕を掴んでいた。

「お前は…」

 マスクに隠れているけど、やはり彼は攻爵さんに間違いなかった。

「心配してたんですよ…!?いったい今までどこに…」

 そこまで言ったとき、彼は私の耳元に顔を近づけて小さな声で囁いた。

「ここじゃ話せない。今夜12時…お前の部屋に行くから、
窓の鍵を開けておけ…」

 そう言って、彼はその場を後にした。後を追ったけれど、
人の波に流されて、彼に追いつくことはできなかった。彼との接点は…
彼の残した言葉だけ。その言葉を信じるしかなかった。

 部屋の窓の鍵を開けたまま、私は布団に入った。秒針の音が大きく感じる。
なかなか時間が進まない。早く…早く来て…。
 そう考えていたのに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
唇に暖かい感触を感じて目を覚ますと、マスクをつけていない、
攻爵さんの素顔が目の前にあった。

「攻爵さん…!」

 思わず愛しい人に抱きつく。彼も優しく抱きしめ返してくれる。
二人で久しぶりの温もりを感じあった。

「俺の話を聞け。俺はお前と生きたい。だが、俺たちには2つの道しか
残されていない。お前がこの何不自由ない暮らしを捨てて、
多くの人間の命を犠牲にして俺と共に生きるか、
それとものこまま…俺のことを忘れるか。」

 短い沈黙が流れる。私は意を決してその言葉を発した。

「他人なんて関係ない。私は貴方と生きたい。どんな不自由でも耐えられる。
私を一緒に連れて行って。」

 私の瞳から流れ落ちる涙を舐めとりながら、彼は妖しく笑った。

「お前のことを歓迎するよ。俺と一緒にこの世界を掃除しよう…」

 私は攻爵さん…パピヨンの手を取った。
彼の理想とする世界を作る手助けをし、彼と共に戦うために…
私は人間であることをやめた。
蝶が羽根を休めるための花になりたくて…人間という殻を捨てた。


母様、許してください。私は人間ではなくなってしまいました。
それでも…私は、今、世界で一番幸せだと感じています。
人間だったときよりもずっと。
家柄に縛られ、期待に雁字搦めにされていたあの時よりも…。
愛する人と共に生きていけるのだから…。
絶対に後悔はしません。




何というか…駄作な上にやたらと長いし。
これも、私のパピヨンに対する愛の結晶だと思って見逃してやってください…。

今のところ、この世で一番好きなのはパピヨンなのです。

…あのパピヨンの服を見ても動じない
ヒロインって、ある意味すごいよなぁ…
っていまさら思いました。