今まで感じたことのないほどの嫌な気配。
その気配を感じていたのは、アタシだけではなかった。
がアタシの胸にしがみつき、呟いた言葉・・・
「・・・来た。」
−引き裂きし者−
その気配は、いつまで経っても八雲の住処の上・・・
地上から離れることはなかった。
妖とは全く違う気配。そう・・・神の気配。元はも纏っていたもの。しかし、八雲とともに生きるようになり、その気配も消えうせた。今では、妖と寸分の変わりもない気配となっているはず。
当のは、神の気配を恐れ、部屋に閉じこもったまま一向に外へと出てくる気配はない。何をそれほどまでに恐れているのか。八雲にそれを聞きだすことは出来なかった。闇雲に恐れを抱き、八雲の姿が見えると無言で抱きついてくる。そんなうろたえたを見たことのない八雲に、から何かを聴きだそうなど、まるで残酷とも思える行為は出来なかった。
「・・・」
名前を呟きながら、抱きしめるだけの日々。その様子を知ってか知らずか、神の気配は八雲の住処の上で揺らぐだけ。さすがの八雲も苛立ちを覚えていた。
そんなある日、痺れを切らした八雲が、外へ出ようとしているのを珍しく部屋の外へ出てきたが見つけた。
「八雲・・・行くな!!」
「・・・アンタを怯えさせているのが何者なのか、つきとめなきゃならないわ・・・。必要とあれば、そいつを殺・・・」
「行くな!お前の敵う相手じゃない!!」
「・・・アンタ、この気配の主、知っているのね?」
泣き腫らした目を逸らし、は小さく頷いた。怯えきったは、身体を小刻みに震わせている。にとって、気配の持ち主はよほど大きな存在なのだろう。それを悟った八雲ではあったが、愛する者をこれほどまでに怯えさせる者はこの世より排除せねばならぬ、そう思い、言葉を続けた。
「、お前のその不安を俺が取り除いてやろう・・・」
「そんなことしなくていい!傍に・・・いてくれ・・・」
その場に泣き崩れる。しかし、八雲も男。ここまで言って、今更やめるわけにもいかないところまできていた。
「必ず帰る。部屋で待ってろ・・・」
「行くな!!」
は必死で八雲の着物を引っ張り、なんとか外へ出るのを・・・神の気配を放つ者との接触を避けようと、八雲を制しようと力を振り絞った。
しかし・・・時、すでに遅し。
「こんな所にいたか・・・白蛇・よ・・・」
外へと続く洞窟の入り口には、白い衣を身に纏った、美しい青年が立っていた。思わず八雲さえも魅入ってしまう・・・が、神の気配を発している者は、明らかにこの白き青年である。神々しきその姿は、妖にとっては忌まわしきことこの上ない。
「・・・アタシの家に何か用かしら?」
「・・・を返してもらおう。其の者は我の物だ。」
冷徹なその顔からは淡々と言葉が紡ぎだされる。
「アンタの物・・・?ふざけんじゃないわよ!アンタ何様のつもり?!はねぇ、アタシの・・・」
「八雲、やめろ!」
滅多に荒げられることのない八雲の口調を制したのは、他でもない、の声だった。その声に驚いた八雲は、ただただのことを見つめることしか出来なかった・・・。
「白龍殿・・・」
は、白き青年の名であろう名を呼び、白き青年に向き直った。恐怖のせいだろうか、抱きしめれば折れてしまいそうなほど細い肩は、先ほどよりも更に震えているように見える。しかし、自ら試練に立ち向かおうとしているを、八雲は制することが出来なかった。
「、共に帰ろう。そなたを迎えに来た。我の考えは正しかった。今、天上ではそなたが生きていると思っているのは我のみ・・・我と共に天上へ戻ろうぞ。そのような妖など捨て置け・・・」
淡々と、白龍の口からは心無い言葉が流れ出る。その言葉に多少ムカつきもしたが、の手前、突っかかることは出来なかった。
「・・・私が生きていると思っているのは貴方だけ・・・。それならば、このまま私は死んだことにしておいていただきたい。」
強い意志を持つ瞳で、は白龍にそう告げた。
「・・・ここに残るというのか・・・?」
「はい。」
「愚かな・・・もうじき大禍刻。戦に巻き込まれる。」
「それでも・・・!私は・・・八雲と生きとうございます。」
その言葉に、八雲の胸は熱くなった。今まで愛を語ることの少なかった。自分の存在が、の中でどれだけのものなのか。八雲はそれを不安に思わぬ日はなかった。今日のことで確信することが出来た。いかにが八雲のことを愛しているか・・・欲しているか。後ろに退いていた八雲は前に出、のことを後ろから抱きしめ、白龍に向かい、口を開いた。
「わかったでしょう?はここで生きたいと・・・アタシと生きたいとそう言っているのよ。・・・貴様の出番はない・・・早々に立ち去れ!さもなくば、この八岐大蛇が貴様のことを切り裂く!!」
には見えないであろうが、その雰囲気で、いかに八雲が白龍のことを睨みつけているかはわかる。「神」と称される位の者に、果たして妖が敵うのか・・・。は不安になり八雲の腕をきつく握り締めた。
「愚か者が・・・貴様など、もう『神の遣い』でもなんでもないわ。次会った時にはその命、『妖』として奪わせてもらおう。」
「そんなこと、俺がさせない。は俺が守る。」
「ふん・・・せいぜい、次に我に会うまでを生き永らえさせることだな。は・・・我が殺す。」
「させないわよ・・・」
「・・・」
白龍は、無言で洞窟から出て行った。後には、ただ豪快な音を立てて流れ落ちる滝の音が響くばかり。
今までの緊張の糸が切れたかのように、の膝の力が抜けた。八雲が後ろから抱えている状態になっている。
「大丈夫?・・・」
「あぁ・・・殺されるかと思った・・・」
「あの男、何者?アンタのこと、『我の物』とか言ってたけど・・・」
「・・・龍神の白龍殿。私に想いを寄せてくださっていた方だ・・・。」
「あら、じゃ、恋敵ね?!」
「・・・私にはお前だけだ・・・八雲。私を守るといってくれて・・・嬉しかった。ありがとう。」
地面に一度腰を下ろしたは、見上げて八雲に微笑んだ。その微笑に、心からの愛しさが込み上げて来た八雲は、静かにのことを抱きしめた。
「アタシにも貴女だけよ・・・。愛しているわ・・・」
「私も・・・愛してる・・・」
その言葉に驚いた八雲。驚きと同時に嬉しさが込み上げる。今まで、まともに愛を語ったことのないの口から、「愛してる」という言葉を聴いたのは、初めてだったから。
「、もう一回言ってv」
「調子に乗るな!」
の鋭い突込みが入ったのは、言うまでもない。
「神の遣い」としての位を剥奪された白蛇・。そのを愛する「妖」、八雲。二人の苦難の日々は、これからも続いていくことだろう・・・。しかし、二人には、乗り越えられるという自信があった。そう、二人共にならば・・・どんな苦難も乗り越えていけるという自信が・・・
はい、八雲夢第5弾!!
やっぱり愛が篭っているので一番作品数が多いですな。
もう、こうなったら連載にしちまえ!!
ということで、「大禍刻」というキーワードを出してみました。
はい、「あやかし天馬」の話が始まる直前の話です!!
この後からは、ちょっと「あやかし天馬」のストーリーにあった話を
書いていけたら、と思っておりますゆえ、
これからもお付き合いくださいませ♪