目の前には大きな滝・・・
水につかった私の身体からは鮮血が流れ出す。
右下腹部には・・・大きな切り傷。

ここで・・・死ぬのか・・・

私は静かに・・・目も心も閉ざした・・・



−命懸けの一目惚れ−



身体を動かすと、微かに聞こえる衣擦れの音。
優しい暖かさに目を開ける。
見たこともない部屋。身体は手当てされており、部屋中にいい香りが立ち込める。
ふと見ると、綺麗な形をした香炉から、香りの元である煙が立ち上っている。
身体は手当てされているものの、無理に動かそうとすると身体に激痛が走り、思うように動けない。
ボーっと天井を見上げていると、襖が開かれ、青い髪の大柄な男が入ってきた。
見るからに人間ではない。独特の、妖の持つ雰囲気・・・。

しまった・・・妖に助けられてしまったか・・・

微かに眉間に皺を寄せる。その様子を知ってか知らずか、その男は
口元だけを引きつらせるように妖しい笑みを浮かべた。

「気がついたのね?白蛇の殿?」

気付かれていたか・・・

己の命の最期を覚悟する

「気付いておりながら、なぜ助けた・・・?」

「アンタの目が気に入ったからよ。」

その男はにやつきながら答えた。
の頭の中には、自分で意識はしていなかった光景が、
何故か蘇ってきた。

身体にかかる水しぶきの中・・・誰かに声を掛けられて、見上げた先には・・・
そう、この男がいた。名を名乗られた様な気はするが・・・覚えていない。

「私を殺すか・・・」

いつの間にか、その男はの横に腰を下ろしていた。
持参した徳利に口をつけている。微かに流れてくる酒の匂い。

「殺す気ならば、最初から助けたりしないわよ。」

確かにそのとおりだった。しかし、にとっては解せない回答だった。
「神の遣い」である白蛇のが妖狩をしているのは、妖どもは百も承知のはず。
なのに、この男は、の命を救った。
目を逸らしていたが、チラッと男を盗み見る。
鍛え上げられた肉体、端正な顔立ち。上品に見えるその男は、
下等な妖には決して見えなかった。

「・・・名は?」

「・・・助けられた分際で随分えらそうな口をきくのねぇ。まぁいいわ。
アタシの名は八雲。八岐大蛇の八雲よ。妖狩の貴方なら、もちろん知っているわよね?」

は耳を疑った。八岐大蛇といえば兆星が一つ。
そんな大物が目の前にいるのが信じられない・・・。
間違いなく殺される・・・はそう感じた。
あわよくばここから逃げ出すつもりだったが・・・そうもいかないようだ。

「急に黙っちゃったわね。大丈夫よ。とって食ったりしないわ。
ま、違う意味で食べちゃうかもしれないけどね♪」

そのような会話に今まで全く縁のなかったゆえ、八雲と名乗った男の意図が分かるはずもない。

「・・・私を殺して食うのだろう?」

と、一見まともな返事を返した。
・・・が、その次の瞬間、当の八雲は大笑い。
腹を抱えて笑っている有様だ。何が起こっているのかさっぱりわからぬ
の頭上に、疑問符がいくつも浮かんでいるのは言うまでもない。

「あははは・・・久しぶりだわ、こんなに大笑いしたの・・・。
初心って言うか世間知らずって言うか・・・もぅ、可愛いんだから☆」

布団の中からを引きずり出し、ぎゅぅっと抱きしめる八雲。

「痛い!!」

が思わず悲鳴を上げる。その様子を見た八雲は、またにやっと笑い、

「こうすれば痛みなどすぐに引くだろう・・・」

そう呟いた。ふと、その瞳に真剣さが宿り、は何も言えずに視線を合わせていた。
の唇に口付ける八雲。驚きを隠せないは、八雲を振り払おうともがくが、
身体が痛くどうすることも出来ないでいた。しかし、急に身体の痛みが引いたので、
思いっきり八雲のことを跳ね除けた。

「たわけ!何してるんだ?!」

「接吻したのよ。他に何かあるっての?
あ、続きもしてほしいんでしょ。いやぁん、ったら、ス・ケ・ベ☆」

「な・・・んなっ?!」

そんなことを言われるのも、まして男と接吻するのも初めてのは、
驚きと恥ずかしさで頭が真っ白で言い返す言葉も見つからない。
しばしの間、池の鯉のように口をパクパクさせていたが、自分の身体の異変に気付いた。

「傷が・・・」

「あぁ、アタシの生命力を分けたのよ。アンタに辛い顔、されたくなかったから。」

「・・・」

「ま、もう少し休むのね。アタシは自室に戻るわ。暇だったらいつでも尋ねてきて。
どんなときでも歓迎するわよ♪」

そう言いながら八雲はのいる部屋をあとにした。
八雲の姿が見えなくなり、足音が聞こえなくなってから、は小さく呟いた。

「・・・下手な嘘・・・だな・・・」

他の者に生命力を移すことなど出来ない。
傷を・・・相手から自分に移す術ならあるが・・・(もちろんそれに接吻は必須条件)。
妖の命を狙う者をここまでして助けた八雲を、は馬鹿だと思った。
しかし・・・「愚か者」だとは思わなかった・・・。

「・・・もう少しここにいてやろうか・・・」

そう思いながら、布団に潜り、襲ってきた睡魔に身を任せた。



右下腹部を押さえながら、長い廊下を歩く八雲。
押さえている部分からは鮮血が流れ落ち、床を汚している。
額には脂汗が浮き出ていた。

「あの娘・・・よくこんな痛みに耐えてたわね・・・
女のほうが痛みに耐性があるって、本当みたいね・・・
さすがのアタシも、かなりきついわ・・・こんな傷・・・あの娘の身体に残したくないものね・・・」

そういいながら、羽織っていた着物を肌蹴て激痛の走るところを見ると、
ぱっくりと割れた大きな切り傷があった。

「・・・神の遣いに一目惚れするなんて・・・自分でも信じられないわ・・・
しかも・・・こんな命がけの恋になるなんて思いもしなかった・・・
みてろよ、・・・必ず俺に惚れさせて見せるからな・・・」

柱に背をつき、その場に座り込みながら、八雲は呟いた。

八雲様です、八雲様!!
アーミン作品の中で一番好きなオカマキャラ!
オカマから急に男らしくなるところがたまりません・・・♪

話は違いますが、「女が男より痛みに耐性がある」って言うのは、
本当の話のようです。
出産するときの痛みと同じ痛みを男性が感じると、
あまりの痛みにショック死してしまうとか。
女の身体はすごいですなぁ・・・